一枚の扉


「痛っ…」

幸村は手を荷物を開こうと使ったカッターの刃で切ってしまった。
直ぐに其処からじわりと血が滲む。
鈍い痛みと共に溢れてくる血。
それを見ながらぼんやりと、兄である兼続にも同じ血が流れているのだなと思った。

「幸村!」

流れる血を見て、兼続が駆け寄ってきた。
幸村は声に驚きながら、兼続を見つめた。

「どうした?」
「荷物を開けようとして、手を切ってしまって…」

ドアをノックされた音にも気づかないほど、思考を巡らせていたらしい。

「待ってろ」

兼続は部屋から出ると、救急セットを持って戻ってきた。
テキパキと手際良く手当てを始めた。

流れた血が兼続の手を染める。

(私の血が兄上に…)

母より分けられし血は、目の前で手当てする兄と同じ。
血を分けた兄弟。

「気をつけなければ駄目だぞ、幸村」
「はい」

手当てを終えると、兼続は幸村にキスをした。

兄弟であったが、二人は愛し合っていた。
想いを止めることは出来なくなっているほど深く、二人は惹かれあっている。
兄弟だというのに、同じ血が流れているというのに、兼続は幸村が生まれた時から知っているのに。
それでも強く、激しく。
[兄弟]ということは、愛する二人の枷にはならなかった。

「血がついてますよ…兄上」
「ん?そのようだな」

指についた血を兼続は舐めとった。
血の味が口に広がっていく。
兼続にとって、幸村のそれは甘く感じ、脳をも痺れさす。
愛している相手のだからだろうか。

「兼続と呼んではくれないのか、幸村」

兼続はじっと、幸村を見据えた。
まだ抵抗があるのか、幸村はまだ躊躇う。
手当てされた手に目線を落とすと、口を開いた。

「……兼続」

幸村が名を呼ぶと、兼続は深くキスをした。
それを受けて、幸村は兼続をその場へと押し倒す。
互いに何度も名前を繰り返した。
キスをして、名を呼んで、またキスをして。
溢れる想いを名とキスに乗せて繰り返す。

一度タガが外れてしまえばあとは簡単で、幸村が兼続を抱くようになるまで差ほど時間はかからなかった。
最初は子供同士がふざけ合うようなぎこちないものであったが、今では兼続の身体の何処が感じるか、何処が弱いか解る。
占めてしまったあまい味に何度も溺れた。
背徳感が全くないわけではなかったが、今の状況を楽しんでいたりはする。
誰かにバレてしまうかも知れない戦慄な行為は、二人を益々燃え上がらせた。
激しく抱き合うことを覚えても、所詮は子供の戯れと等しいのかも知れない。

玄関の開く音がした。
それでも二人、慌てることなく繋がり合ったまま。
暫くし、とんとんと扉が叩かれた。
直ぐに母だと気付く。

「兼続は其方に居るのですか?」

やはり声の主は母だった。

「はい。幸村の勉強を見ております」

抱かれているのにも関わらず、兼続はそう告げた。
二人ともただ静かに笑っていた。
二人の関係は一枚の扉で守られているだけ。
開かれれば、全てが明るみに出てしまう。たった、一枚の扉が二人の全てを守っている。
心臓が高鳴った。

(バレてしまったら二人で何処かに逃げてしまおうか)

そんな言葉すら口から出てくる。
二人は声を殺しながら笑い合った。
扉の外に聞こえないように。

声の主はそうですかとだけ言うと、扉から離れた。
物音ひとつしなくなったのを確認してから、二人はくすくすと声を出し、笑い合った。
そして、名を呼んでキスをする。

「愛してます…兼続」

兼続の胸に顔を埋めると、幸村はそう言った。

「私もだよ、幸村」

幸村の体を抱き締める。
そして、キスを何度も繰り返した。


誰にも止められない。
この想いだけは…。









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