憤慨


上田での戦後、政宗他一向は上田城で休息を取ることになった。
各々、あてがわれた部屋で寛いでいた。
政宗も部屋で微睡んでいたところへ、幸村がやってきた。

「政宗殿、あの…」
「なんじゃ?」

幸村は何かを探している様子であった。
部屋をきょろきょろと見渡す。

「なんでもないです…」

言うと、部屋から出て行った。
政宗がその背を追う。幸村は、また別の部屋を開け、中をきょろきょろと見回している。

(なんじゃ…)

誰か、を探しているとはその時は思わなかった。
幸村が小さな声で兼続の名を呼んでいたのが聞こえるまでは。

(兼続が居らぬのか…)

ぼんやりと思いながら、政宗は外へと出た。
慶次が言っていたくさくさした気分とまではいかないまでも、何とも言えぬ空気を変えたかったからかも知れない。

(そう言えば、あやつも居らぬ…)

ふと、そんな事を思ったときだった。
目に不自然に揺れる木が目線の先にあった。

(…?)

それに気になり、近付いてみれば、聞き覚えのある声が聞こえた。
聞き覚えのある、その声の主たちの会話。
それは他愛のないもの。
ひとつ違うのは、時折喘ぎ声がそれに混じっていたことだ。

兼続の喘ぎ声が政宗の耳に届く。

その声に吐き気を覚え、城に戻った。
どうしようもない苛立ちが抑えられない。
乱暴に畳を掻いた。
声が耳に残る。余計に苛立ちが増す。

「馬鹿め!!」

置かれていた茶碗を思いっきり、壁にぶつけた。
がしゃんと凄まじい音を立て、それは粉々に砕ける。
はぁ、はぁと荒く呼吸をしながら、砕けた破片を見つめた。
それを見、やっと多少落ち着くことが出来た。
破片の無い場所へと行くと、ごろりと横になる。

「馬鹿め…」

もう一度呟く。
そして、そのまま眠りについた。


政宗は僅かに開いた襖の間から照る行灯の灯りと、隣の部屋より聞こえる声で目を覚ました。

(寝る前は閉まっておったはずじゃが…)

そう考えたのと同時に、あの時と同じ喘ぎが聞こえた。
襖の間からは手が見えた。
誰のだか直ぐに解る、その白い手。それは己のものを扱いていた。
そして差し込まれている、長いもの。それは白い膜に覆われ、滑っていた。
そこまで見てしまい、政宗は舌打ちをした。
二人の会話は嫌というほど耳に届く。
そして、兼続の吐息も。

「先程、何処へ行ってらっしゃったのですか?」

幸村は兼続を揺さぶりながら、そう訊ねた。

「あぁ、…探していたのか」
「…はい」

くくっと兼続が笑う。
やけに意地悪な笑い方だった。

「前田慶次に抱かれていたのだよ」
「兼続殿」

言葉に酷く悲嘆したような声を発した。

「幸村。私はお前のものではない」

淡々と兼続はそんな幸村にそう告げた。

「…貴方のお心は何処に在らせられるのですか?」

兼続はちらりと襖の向こうを見た。

「さぁ、何処だろうね」

見えはしないが、何となく政宗は兼続が此方を見たような気がした。

会話が止まる。
暫くして、肌を打つ音と喘ぎが聞こえた。

政宗はごろりと寝返りをうつと、がりがりと畳を掻いた。
穴が開く。
黒い穴が。

暗く見えないが、指で撫でるとへこんでいる。
それは心に開いた穴のようで、政宗はそれにまた嫌気がさした。


行為が終わり、幸村が部屋から出て行った。
部屋の前をひたひたと歩く音が遠ざかる。

政宗はがらりと襖を開けた。
兼続は着物を着込んでいるところであった。

「奥州の竜殿に覗きのご趣味がおありとは」

くっと兼続が鼻で笑う。

「襖を開けておいたのは貴様じゃろ」
「さて、存じませんな…」

言葉の後、急に兼続が吐息を吐き、体を震わせた。
政宗は兼続の足から液体が滴るのを見た。

「わしにも抱かせろ」
「お断り致します」
「はっ、前田慶次にも、幸村にも抱かれるくせに、わしには抱かれられぬと?」
「私は…」

瞳孔がきゅうと大きくなった。

「奥州の竜殿に惚れておりますので」

政宗は兼続に近寄り、思いっきり頬を叩いた。ばちんと音が部屋に響く。
叩かれた兼続の口からは、血が滴り落ちた。
頬を押さえたまま、兼続は政宗を見た。笑っている。

「私はお前のその顔が好きなのだよ。怒りに満ちた、その顔がな」

口から流れる血を拭った。

「前田慶次に抱かれたことを幸村に話したのも、幸村に抱かれていたのを見せたのも、わざとだ」

兼続は政宗が己にも抱かせろと言ってくることを想定し、政宗が居る隣の部屋で幸村に抱かれた。襖をほんの僅か開けたのも兼続。
だが、言われれば断るつもりであった。初めから。そうすれば、政宗は怒りを露わにするだろうと。
想定した通りになり、兼続は満足そうに微笑した。

ぎりっと政宗は歯を鳴らした。

「惚れてはいるが、抱かれたくはない。触れて欲しくもない。ただ、私に怒りをぶつけてくれ」

―私はその怒りを受け止め、それでも尚お前を愛してやるから。

言葉に怒りが沸いた。兼続を殴りつける。
体が畳の上に倒れた。
倒れた兼続の体に馬乗りになり、胸倉を掴むとまた殴った。
血が畳に飛ぶ。
だが、兼続は笑うのを止めない。
酷く耳障りな笑い声。

「愛してるよ、政宗」

それに苛立ち、また政宗はまた兼続を殴った。









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後記

本当は、暴力シーンは一切ありませんでした。
怒りを露わにする政宗が好きだという方向で考えたら、何故かこんな方向に・・・。
それでも愛はあります!





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