恋は闇


人に言えぬ恋ほど盛り上がる…どこかでそんな話を兼続は聞いたことがあった。
幼い頃、誰か話していた言葉だったかと記憶を手繰り寄せてみる。誰が言ったのかは、思い出せない。
だが、その時は人に言えぬ恋ならば、すべきではないと思っていた。今思えば、随分とませた童だなと、兼続はくすりと笑う。
無知だったあの時の童は今、人に言えぬ恋をしている。

相手は北条氏康。
長年、互いに戦ってきた相手である。
つまりは敵。
今は和睦を結んでいる状態とは言え、いつまた敵対するかは解らない。

その恋は言葉にすれば衝撃。
落ちるではなく、まるで何かがぶつかったような急激な力だった。
出逢って直ぐに恋にぶつかった。
一目惚れ。
恋は徐々に落ちていくものだと思っていた兼続にとって、あまりの出来事であった。

言えなかった。誰にも。
あの慶次にさえ。
逢えるだけ幸せだと思った。関係を考えると、逢えるだけ幸せ。
だが、戦場で逢ったら、己はどうするのだろうか。

刀を向けられるのか。
それとも向けることすら出来ず、自ら殺されるのだろうか。

(…きっと、私は躊躇わず斬るのであろう)

定めなのだ。
その運命がまた、恋を深くさせる。耽美な味にする。



恋を知り、何度か逢った後、共に酒を飲む機会があった。
氏康は、謙信と二人で飲むはずであったが、兼続も呼ばれた。

「聞いたぞ。お前もかなり飲めるんだってな?…奴とじゃ、会話持たねぇから居ろよ」

既に酒臭い息を吐きながら、兼続の肩に腕を回しそう言った。
語尾を小さくし、親指で謙信の方を指差す。
兼続はそれに笑うと、解りましたと返事をした。

「ほら、もっと飲め。兼続」

傍にいれるのが嬉しく、名を呼んで貰えるのが嬉しく、勧められるがままに酒をぐいぐいと飲み干した。己の限界など考えずに。
謙信が少し席を外す頃には、右も左も解らぬほどに酔っていた。

「おい、お前、ふらふらじゃねぇか」

氏康が兼続の身体を支えた。
ぐらぐらと世が揺れる。
腕の感触は、熱と共に兼続に気持ち良さを運ぶ。

「大丈夫です…」

ぐいっと身体を退ける。 だが、その手に力すら入らない。

「大丈夫じゃねぇだろ、ド阿呆。ちっ、部屋は何処だ?」

ふわっと身体が浮いた。

「お。思ってたより軽いな、お前。肉食ってるのかい」

その言葉に、抱き上げられたことに気付く。

「お、降ろしてください…」
「おいおい、暴れんなよ。落としちまう」

ぎゅっと身体が厚い胸板に押し付けられる。
酒を飲んでいるせいか、少し鼓動速いのが腕から伝わった。
こんな風にあの腕に抱かれる機会が出来るのは思ってもみない。心の早鐘が鳴り響く。
己の鼓動が速いのも、酒のせいだと思って貰えるだろうことに感謝したかった。

部屋まで運んで貰った。
家臣に敷かせた布団に足から下ろされる。
氏康の熱から離されると思った瞬間、しっかりと襟元を掴んでしまっていた。

「どうした?気持ち悪りぃか?」

兼続は、己のしてしまった行動に呆気に取られた。
手を離したいのに、如何してか縫われてしまったように離せない。

兼続はふるふると首を振った。

「おい、大丈夫か?吐きたいなら吐いていいぞ」

その言葉に兼続は吐いた。
想いを。
今までの想いを全て吐いた。

氏康は全てを表情ひとつ変えず聞くと、一言言った。

「お前は、己の立場と状況解って言ってんのか?」

兼続は深く頷いた。

「それでも…私は…」

愛しているとは言えなかった。
言葉が言えぬくらい愛していた。

「貴方から愛してもらいたいとは思っていません……」

兼続は思った。
この身体を焼いてしまうくらいに激しく抱かれたいと。
己を傷付けて欲しいと。
そして、それを伝えた。

氏康はがりがりと頭を掻いた。

「若ぇ小僧が、てめえを傷付けたいとか言ってんじゃねぇよ」

氏康はそうとだけ言った。
お前は酔い過ぎてるとは言わなかった。酔い過ぎてるから、そんな下らないこと言うんだとも。

腕を引き寄せられる。
力の入らぬ身体は簡単に氏康に抱き締められた。

「男とはやったことがねぇからな。気持ち良くさせてやれるか解らないぞ?」

兼続はこくんと頷いた。

「あと、口吸いはしないからな」
 
惚れた相手にしかしないからよと続けた。
兼続は、はいと呟いた。

「解りました」

言葉を聞くなり、氏康の腕は兼続を布団の上へと倒した。
帯を解かれる。
その太い指が着物を脱がすだけで、兼続の身体には快感が走った。
下半身が熱を持ち、立ち上がる。
まだ、肌を撫でたわけでも無いのに、兼続の呼吸は荒くなった。
空気を求め、苦しげに喘ぐ。

「抱けそうだな…」

氏康はそう呟いた。
下半身の物を出すと、それは既に頭をもたげている。

「お前の身体で興奮しちまったらしい」

その言葉に全身の血が逆流したかのように、熱く滾った。
兼続は顔を手で覆う。嬉しさに噎び泣いた。
悦びで泣くなんて初めてだった。
涙は愛しているという言葉の代わりに、ぼろぼろと零れる。
あとからあとから溢れた。

「そんなに俺が好きか?どうしようもねえなぁ」

ぐいぐいと涙を拭き、氏康は兼続の身体を抱き締めた。 髭が頬に当たる。氏康の身体から発せられる匂いは、酒以上に兼続を酔わせた。



乱暴に抱いて欲しかったのに、氏康は優しく兼続を抱いた。

「忘れられなく…なってしまう、ではないですか…」

氏康の身体と共に己の身体が揺さぶられているのが解る。
繋がっているのは感じるが、身体の感覚がない。ただ、悦楽と熱が兼続を襲う。
そんな兼続を追い詰めるように、氏康は、ずっずっと奥まで突き上げた。

「や…っ、ぁ、あぁ…っ、あ」

感情が溢れる。胸が痛いほど締め付けられた。
濡れた吐息が何度も落ちた。

氏康はゆっくりと口角を上げて笑うと、兼続の口を軽く吸った。
一度離し、ふっと小さく溜息を吐くと、今度は深く口づけた。

「っ、ふっ…な、…なぜですか…?」

唇を開放された兼続がそう聞くと、氏康は悲しそうにふっと笑う。

言葉の答えは貰えなかったが、兼続は深い快感の渦に落とされた。
それは甘く、ふたり蕩けていくような感覚であった。









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後記

両想いにするか悩んで、やっぱり兼続には幸せになってもらいたいので、両想いにしました。
なんだかんだでらぶらぶなのが好きです。





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