哀感
「兼続様」
「どうした、幸村?」
息を切らせながら、私の元へと駆けつけてくる幸村。
肩で息をしながら、下から覗き込むように私の顔を見た。
上杉に人質として来てから、幸村は私を兄のように慕い懐いてくれた。
私も幸村を弟のように思っている。
可愛い、弟だと。
「この先の川に蛍が出るそうですよ。いつか、一緒に見に行きませんか?」
顔が綻ぶ。
まるで宝物を見つけた、子供のように目がきらきらと光る。
ただ、それを私に伝えるためだけに駆けて来たのか。
思わず、私も釣られて笑う。
可愛い、幸村。
「そうだな、蛍舞う季節となったら行こう」
だが、その約束は果たされることはなく、別れすら告げることも出来ぬまま、幸村は越後を去った。
次に逢ったのは数年後。
戦場であった。
不覚にも私は敵兵に囲まれた。じりじりと距離を縮めくる。
だが、此処で果てるわけには行かない。謙信公が本陣にてお待ちになられているのだ。私は其処へ生きて行かねばならない。
私は刀を握りなおした。
「兼続様!!」
後方より、声が飛んできた。
其方を見れば、駆けてくる一騎。
「幸村!?」
赤い甲冑に身を包んだ幸村だった。
馬からひらりと飛び降りると、敵兵の間消えた。かと思えば、円を描く世に空へと飛ばされる敵兵たち。
幸村は、敵兵を吹き飛ばすと、私の傍へと寄った。
「大丈夫ですか?姿が見えたので、加勢に来ました!」
「あ、あぁ…」
幸村を傍で見て、私は驚愕した。
幸村の戦場での活躍は噂では聞いていたものの、私の記憶の中の幸村はあの時のまま。
眼を輝かせながら、私を下から見つめるあどけない少年。それが、私の中の幸村。
だが、眼の前にいる幸村は違っていた。
鋭い視線も、声の音調も、背の高さも、身体の逞しささえも…。
「真田幸村が参る!尋常に勝負!!」
吼える声。
こんなにも感情を剥き出しにする姿は見たことがなかった。
数年ぶりにあった幸村は男になっていた。
私も知らぬ、一端の武士に。
敵は次々と倒れていった。喧騒が止む。
半刻もしないうちに立っているのは、幸村と私だけ。
幸村がどんと、槍の石突きで地面を衝いた。
眸が私を射る。
眼が離せない。
その眼力の鋭さに、どきりとした。
本当にあの幸村なのだろうか。
少なくとも、こんなにも私の心を騒がせるような子ではなかった。
あの幼き顔はもう何処にもない。
可愛い弟は、勇ましい男へと変貌してしまった。
それに何故か寂しさを感じた。
終