褒美


「今から行く」と氏康から電話を貰ったのが一時間ほど前。
そして、玄関で氏康を迎えた兼続がその姿に釘付けになっているのが現在。

氏康は、黒いスーツに身を包み、髪もしっかりと整えていた。
仕事でも氏康は堅気とは思えない格好で仕事に行っている。氏康のスーツ姿を兼続は見たことがなかった。

「あ?どうした」

靴を脱ぎながら、氏康はじっと己を見つめている、兼続にそう聞いた。

「…その格好は?」
「ヘマやらかした奴の尻拭いだよ。ったく、てめぇの尻くらい、てめぇで拭けってんだ」

相手の会社にまで行かなくてはならぬミスだったらしい。
氏康は文句を吐き捨てた。

ソファーに身を沈めると、氏康はスーツのポケットから煙草を出した。机の上の灰皿を手繰り寄せながら、煙草をくわえる。

「…さっきから何だ?」

横に座った兼続をちらりと見た。
兼続はあからさまに驚き、体を震わせる。

「何でも…ないです」
「………」

ぷっと煙草を机の上に吐き捨てると、ずいっと兼続へと体を近付けた。
煙草はころころと机の上を転がり、やがて止まった。

「見慣れてんだろ?スーツなんざ」

兼続がスーツ姿に反応しているのだと、氏康は直ぐに気付いた。

「…北条さんのは初めて見ました」

すっと見ないようにと顔を逸らすので、氏康は兼続の顎を掴み、向けさせた。
僅かに解けたネクタイ。開いたシャツの合間から逞しい胸板が覗く。兼続は一つ吐息を吐いた。
フッと氏康は笑う。

「スーツ着たまま、抱いてやろうか?」

氏康が聞けば、兼続は目を右下へと移し、くっと唇を噛んだ。

「どっちだ?選べ、兼続」

ちらっ、ちらっと二度見て、兼続はまた目線を落とした。
こくりと頷く。
この先、襲うであろう快感に体が小さく震えた。

「そんなに俺が好きか?」
「……好きです」
「誰が?」
「北条さんが…」
「氏康でいい」
「……氏康さんが……好き」

言葉を終えれば、ご褒美だと囁かれ、乱暴にキスをされた。煙草の味がした。
煙草の匂いも味も嫌いだったのに、今では同じ匂いを嗅ぐだけで、胸が苦しくなる。

(…好きです)

心でそっと呟いて、兼続は眸を閉じた。









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