秘密


幸村が部屋で書物を読んでいると、誰かが走る音が聞こえた。
何かあったのだろうか、と顔を上げれば兼続が息を切らせて部屋へと入ってきた。

「謙信公に知られてしまった…」

何をだかは言わなくとも解る。秘密だったことが、秘密ではなくなってしまったのだ。
血の気が引いた。心臓が騒ぎ始めた。

うろたえた様子の幸村とは対照的に、兼続は何やら嬉しそうであった。

「謙信公が呼んでいらっしゃる」

幸村の手を引いた。二人の身体が寄る。
兼続の身体からは酒の匂いがした。


従い、幸村は謙信のいる部屋に入った。
謙信はどっかりと胡坐を組み、酒を飲んでいた。其の前には布団が敷かれている。
幸村は襖を閉めると、布団の少し前に座った。
謙信に寄り添うように、兼続は傍らに座る。そして、じいっと見つめた。
口に含んだ酒を謙信は、口移しで兼続に飲ませた。兼続は、さも当たり前のように其れを飲む。
唇を離し、ふぅと息を吐いた。

「兼続を抱いているのか…?」

目線を兼続から幸村へと移すと、そう言った。
いきなり核心をつく低い声は、胸にぐさりと刺さる。
どどど、と心臓が鳴った。

「…はい」

幸村は謙信の手前に目線を落としたまま、こくりと頷いた。
兼続が謙信からの深い寵愛を受けているのは、人質である幸村でさえ知っている。流石に、屋敷から出て行けとでも言われるだろうかと思った。

其れは兼続から誘われ始まった行為ではあったが、幸村もあれから何度も兼続を求めた。
襖の向こうで、抱かれている行為を声を潜め聞き、謙信が部屋から出た後に部屋に行き、兼続を抱いたこともあった。
謙信が戦に出てしまい、居ない宵に明け方まで貪りあったこともある。
其れを罪とするなら、兼続と幸村の罪は同罪ではない。己の置かれている状況も考えず、行為に及んだ幸村のが重い。
幸村は人質。
下手な話、殺されても仕方はなかった。

「そうか…」

怒りを露わにすることもなく、淡々とそう言った。また、酒を煽る。
謙信の考えていることは幸村には解らない。
だが、兼続を抱いたことを咎めるつもりはないようだった。
幸村は、ふぅっと重たい溜息を吐いた。やっと、正常な呼吸が出来たように思えた。

謙信が手をほんの僅かに動かすと、兼続はそれを合図とばかりに謙信の腕の中へと入る。
帯を解いた。
直ぐに現れる絹のような白い玉肌。
謙信は兼続の肌を撫でた。肩から背へと。流れるように指は滑った。
其の肌は、水玉のように艶やかで滑らかなことを幸村も知っている。
兼続の白い肌を這うようにして動く、其のまた白い指。幸村は其れを美しいと思った。

「兼続」

謙信が兼続に何か耳打ちをする。
兼続はにこりと笑った。

「幸村…」

するりと謙信の腕から抜けると、幸村の前に立った。
幸村は兼続を見上げた。顔を見れば、顔は赤く、目が潤み、やや虚ろ。酔っているようだった。

「いつもみたいに…今日も私を抱いてくれ…」
「…な、何を…」

兼続の口から零れた言葉に、幸村は驚愕した。謙信が見ているのに、兼続はそう言った。
幸村の身体に倒れ込んできた兼続を抱き締める。
謙信と視線が絡んだ。謙信は、何も言わない。くいっと酒を煽る。
兼続へと視線を戻すと、柔らかに微笑していた。

「…兼続様…んっ」

唇が塞がれた。
貪るように口吸われる。酒の味がした。大分、飲んでいる…いや、飲まされていた。
口を離し、はぁ、と呼吸すると布団へと手を引かれた。謙信が見ているのが分かる。

「幸村。謙信公の前で私を抱いて…」

耳元で兼続はそう囁いた。ふっと幸村は大きく呼吸を落とす。
正直なところ、幸村は興奮していた。
乱暴に兼続を抱き寄せた。

謙信の前で兼続を抱けるからではない。酒の匂いに酔ったのだ。
そう、己に言い聞かせた。



後ろから挿入され、兼続は善がった。自らも腰を激しく振り、髪乱す。
だらしなく開いた口からは嬌声と唾液が零れた。其れを拭おうともせず、ただ、行為に溺れる。
幸村もまるで獣のように兼続を求めた。激しく腰を打ち付ける。

暫く見つめていた謙信は、立ち上がると、兼続の前に身を屈めた。

「そんなにも善いのか?」

目を細めてそう聞く。
指で兼続の顎を上げさせた。

「善いです…とても……」

他の男に揺さぶられながら、しっかりと謙信を眸に映し、そう言った。

「愛い奴だ」

そう呟くと、謙信は舌で兼続の唾液を拭った。
舌で唇を舐めると離す。
そして、兼続の口へ銚子から直接酒を注ぎこんだ。飲みきれなかった酒が落ちる。布団に染みを作った。

「けふっ…はっ…あっ、ぁ…」

甲で唇を拭いながら、苦しげに喘ぎ息をついた。
ぽたぽたと酒が甲を拭い、垂れる。

「旨いか?」

酒の味を問えば、兼続はこくりと頷いた。

「もっと、ください…」

そう言うと、謙信は口に含んだ酒を飲ませる。
幸村は其れを黙って見つめた。兼続を腰をキツく掴みながら。

布団に垂れた酒のせいか、匂いがやけに鼻腔に届く。
腰を振れば、其処から溢れる液体も、兼続の身体からも酒の匂いがするように思えた。
非道い眩暈に襲われた。だが、本能は獣のように兼続を貪る。
激しく抉り、突き立てる。

「あっ、あぁっ、あ」

兼続が喘ぎながら、謙信の首に絡みついた。ぎゅっと強く、謙信の身体を抱き締める。背に爪を立てた。
謙信は、兼続のうなじの部分を撫でながら、微笑を浮かべる。
そんな様子を見ながら、幸村は何故、謙信が己に対して怒らないのかが疑問だった。
己は襖の向こうでの行為に嫉妬しているというのに、謙信は目の前で兼続が犯されていても怒り一つ見せない。其れ所か、嬉しそうに笑っている。
思っているより、兼続を愛しいとは思っていないのだろうかと思った。

謙信が幸村を見た。
ふっと小さく笑う。

(違う、この方は…)

兼続が気持ち良ければ、謙信もまた満足なのだ。
かっ、と身体が熱くなった。己を恥じた。
己のが兼続を愛していると思ったのだ。だが、違う。謙信の方が深く兼続を愛していた。

くっと、強く唇を噛んだ。
行為を止めたいと思ったが、謙信の目がそうはさせないと睨む。
もっと、兼続を感じさせろと命令する。幸村では敵わない。想いの深さも何もかも。

眸を強く閉じると、激しく腰を振った。
肌が当たる音と、兼続の嬌声を聞きながら、悔しさと共に兼続の中へと感情全てを吐き出した。









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後記

誰にも言えないの続きです。何度か行為を繰り返した幸村さんは悲しいことに、行為中でもあれこれと思考を巡らせられるようになってしまったよって話です。



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