煙管
「兼続様…頼まれたものは部屋に置いておきました」
家臣は兼続にそう告げた。
兼続はかたかたと小さく震えながら、あぁと言った。
顔は青ざめ、呼吸は荒い。家臣はそれを心配し、声をかけた。
「大丈夫ですか…?あの…手を」
「よい…私に触らないでくれ…」
「し、しかし…」
「触るなと言っているだろう!!」
兼続はそう叫ぶと、家臣を睨みつけた。
「す、すみません」
ふい、と家臣は顔を逸らした。
「すまない。少し気分が優れない…暫く一人にしてくれ」
「解りました」
家臣はそう言うと、奥へと消えていった。
兼続は己の部屋に入ると、後ろ手で障子を閉めた。
ぱたんと閉まる音がするや否や、だらりと力を抜き、手を落とす。
「はっ、はぁっ、はっ、はっ、はぁ、」
荒く呼吸を繰り返した。
つぅ、と足に伝わる冷たい水。
水ではなく、それは白濁の液体。その匂いが鼻腔をついた。
そして、身体を纏わりつく煙管の匂いも相成り、吐き気を催した。
足から滴る液体が畳へと垂れるのを気にもせず、先程の家臣が用意してくれた香炉の傍へと寄った。
麝香の香煙を身体に纏うように、浴びる。幾分か心が安堵した。
壁に寄り添い座ると、ぼんやりと香雲を見つめた。
立ち上っていくその煙は、煙管の煙と重なって見えた。
思い出す。
煙管を銜えていたあの唇を。
逞しい身体を。腕を。
精悍な目つきを。顔を。
激しい熱を。
「私は上杉の為に抱かれただけだ!!」
兼続は叫ぶと、どんと畳を叩いた。
痛む。
手よりも心が。張り裂けそうなくらいに、痛い。
がりっ、と爪で畳をかいた。
い草が爪に食い込んだ。
それでも構わず、がりがりとかいた。
「煙管の匂いがとれない…」
部屋中に充満する麝香の匂いを嗅ぎながら、兼続はそう呟いた。
終