てのひら


「政宗…政宗…」

耳元で何か囁くように名を呼ぶ声で、政宗は目を覚ました。
声は聞いたことがあるが、小さく聞き取り難い。
何だと目を開き、其方を見た。目の中に入ってきた其れを見るなり、ぎゃあと奇声を発してしまいそうになった。

「やっと起きたか」

ふぅふぅと荒く呼吸をしているのは兼続で、大きさが政宗の手のひらほどもない。手を視界の前にやれば、隠れてしまうほどの兼続。
遠近法でそう見えるのではなく、実際に小さい。

「なっ、…あ…え?」

政宗はぱくぱくと口を開いた。
人間予想もつかぬことが起こると、こうも情けなく口を開くのかと、兼続は政宗を見ながら思った。
だが、逆の立場ならば己もそうなっていただろうと頷く。

遠く離れた地に居るはずの兼続が、其処に居ることですら驚愕なことなのに、其れに加えてその大きさ。驚かずにはいられない。
寝ぼけているのだろうと目を擦るが、やはり兼続は小さきまま。
ひょいと、兼続を摘み上げた。

「こら!摘むな!!」

小さな兼続は叫ぶ。
やはり、兼続だ。
手のひらに乗せると、兼続はちょこんと正座した。よく見れば、衣服はぼろぼろだった。
顔も汚れている。

「どうして此処におる?」

何故そうなってしまったのかを聞くのは止めた。どうせ、解らないと返ってくるのが落ちだからだ。実際、兼続自身にも解ってはいなかった。

兼続は事細かに、小さくなってしまった後のことを告げた。其れは猫から襲われたことから始まった。
どうやら散々な目にあった末に、遠くこの地にたどり着いたらしい。

「待っておれ」

政宗は、兼続を布団へと降ろすと部屋から出て行く。

きょろきょろと兼続は部屋を見渡した。何度か見た覚えもあるその部屋も、小さくなってしまった今見ると全く知らない部屋のようだった。
急に不安が押し寄せた。このまま、一生過ごさなくてはならなかったら…。兼続は歯を食いしばった。

がらりと襖が開く音がし、其方を見やれば政宗が盆に何やら乗せて戻ってきた。
黒く丸い、政宗の両手ほどある大きめな湯のみ茶碗と急須だった。
急須の中身を湯のみに注ぐ。其れは温かな湯。今の兼続専用の風呂ということだ。

「入れ。汚れて気持ちが悪かろう」

政宗を見れば、外方を向き、何やら始めている。

「甘えさせていただく」

破けた着物を脱ぐと、湯のみの風呂に入った。
ざぶりと、湯が、盆へと流れた。

「こんな高価な湯のみを風呂がわりに使ったと知っては、利休殿が泣きそうだな」

一人そう呟くと、可笑しくなり笑った。
先ほどまで不安で仕方なかったのに、今は可笑しくて仕方ない。
政宗のお陰だなと心で囁いた。

「政宗は何をしている?」

湯のみから身を乗り出しながら、政宗を見た。

「貴様の着物じゃ。まさか破けたのを着続けるわけにもいかぬじゃろ?」

そう言いながら振り返った。
手の中には、今の兼続に丁度良さそうな着物が政宗の手により作られている。せわしなく針が動く。

「ほぅ…」

兼続は溜息を吐いた。
政宗の指が器用に着物を縫っていくのを見つめた。

「政宗にそのような特技があったとはな」
「手を動かすのが好きなだけじゃ」

人形遊びが好きということではないからなと言葉を続けた。

「解っているよ」

兼続はくすりと笑った。

湯のみの風呂から上がると、政宗から渡された布で身体を拭く。
出来上がった着物を着てみれば、まるで元から兼続のと言うように丁度良かった。

「ありがとう」

礼を述べ、にこりと微笑すると、政宗はふんと鼻で笑った。

「兼続に恩を売っておけば、わしに対して辛辣な言葉を並べ立てる、其の小煩い口を少しは黙らすことが出来るかも知れんからな」

そう言い、ふいっと顔逸らす。
素直でないなと、兼続は呟いた。

くぁっと政宗は欠伸を落とす。

「わしは寝るが、兼続はどうする?」

外はまだ暗い。
もう一眠りくらいは出来そうだった。
兼続は少し考えると、私も寝ようと言った。

「政宗は寝相が良いし、一緒に寝ても大丈夫であろう」

そう言い、うんうんと頷く。

「一緒に…?」
「なんだ?不都合でもあるのか?それとも何か、私を潰してしまいそうか?其れなら一人、端で寝よう」
「風邪引かれるくらいなら、供に寝よ。潰しはせん」

政宗はごろりと布団に横になった。
兼続はというと、横になった政宗の身体と布団の間をぽんぽん、ぽんぽんと手で叩き始めた。寝る場所を平にし、寝るのに快適にするためにそうしていたのだが、其れが政宗の心をくすぐった。
指で邪魔をする。
折角、平にした部分を波立たせる。

「政宗!」

兼続は叫び怒りながらも、また布団を平らにした。
ぽんぽん。
そうすると政宗が邪魔をする。

手をぐいぐいと退かせようとするが、小さな身体ではどうすることも出来ない。
兼続は、がぶりと政宗の指に噛みついた。
小さな歯で噛まれた指は、ちくりとは痛んだが、大したことはない。
まさか噛みつくとは思わず、政宗はくくくと声を殺しながら笑った。

「政宗、此れではいつまで経っても寝れぬ」

不貞腐れながらそう言うと、わしが悪かった。許せと笑いながら言う。
むっと兼続は唸った。
ふっ、と政宗が笑う。
指先でちょこちょこと兼続の髪を撫でた。

「わしももう寝る。おやすみ」

その笑みにつられるように兼続も笑うと、政宗の鼻先に口付けた。

「おやすみ、政宗」

馴らした布団に横になると、きゅっと両手で政宗の指を掴み。
小さな兼続は眸を閉じた。







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