泡沫


夜の帷が下りる頃、その戦は終わりを告げた。
兵士たちが勝ち鬨を上げ騒ぐ。各々が生きている喜びを、勝利という美酒と共に酔いしれている。
慶次はその群集の中にいた。上杉に仕官してから初めての戦だった。

慶次は誰かを探しているようで、眼を忙しなく走らせていた。
先ほどまで隣に居たはずの兼続の姿がなかったからだ。
雑踏の中を抜けると、兼続を探した。

半刻ほど松風を走らせたところに川があった。傍らに一面の彼岸花が添うように咲き乱れている。
何故かそれが気になり、松風を止めると、眼で赤い道を追った。その花たちの終わりに兼続が立っていた。
血に似た赤が白を強く魅せた。白が赤い花と闇の黒の間にぼんやり浮かぶ。

「…兼、」

名を呼ぼうとしたが、止めた。
兼続の身体の周りを、蛍のような光の球がくるくると舞っているのに気付いたからだ。

兼続が口を開き、その光の一つに何かを告げる。
すると、吸い寄せられるように兼続の身体の周りを泳いでいた一つの球が両の手に降りてきた。
手のひらの熱に当たると、ぱちんと弾けた。弾けたそれは虹色の光を放ち、天へと昇っていく。
兼続はそれを見送った。
全ての欠片が天に昇るのを待つと、また何かを呟いた。
一つ、弾ける。

慶次は松風から降りると、赤を掻き分け兼続に近付いた。音が強くなる。

ぱちん ぱちん

聞き慣れぬ、それは魂の散り逝く音だった。

兼続が散った者の名を唇に乗せると、最後の光が手のひらに降りた。

ぱちん

弾けると、残りの命を魅せ天へと散っていく。兼続はその欠片を握り締めた。
だが、欠片は指の間をすり抜けると空へと消えた。

「あぁ…」

兼続は悲嘆な声を上げた。
欠片を掴み損ねた手を強く握ると、どん、どん、と強く己の胸を叩いた。
散った魂を消して忘れるなと、己に刻んでいるようでもあった。
涙を流さない兼続が、逆に胸を痛く軋ませた。
兼続はこの光景を、この聞き慣れぬ音を何度聞いたのだろうか。

遠くで勝ち鬨が聞こえた。

「こんな時にあんたは…1人哀しみに苦しんでいたのかい?」

兼続は此方に振り返ると、はたりと眸を閉じた。
それが私に出来る唯一の事なのだと、哀しげに笑った。

「全部は無理でも、半分くらいはその哀しみを俺に、背負わさせちゃくれねえだろうか…」

兼続の手を取った。
そこは熱く、まるで炎に灼かれてしまったかのようだった。

躊躇いながらも兼続が頷いたのが解ると、慶次は抱き締めた。
強く、己の腕の中へ。

「痛い、慶次…」

そう兼続が言うが、慶次は腕の力を緩めようとはしなかった。

「慶次…痛い……ふっ」

吐息と共に冷たい雫が流れたのが解ると、慶次は手の力を緩めた。今度はそっと、包み込むように抱き締める。

慶次の髪が涙を拭うように、さらさらと兼続の頬を撫でた。
雫が金色を伝って滴る。

遠くでは未だ勝ち鬨が止まずにいた。







「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -