物語


「伊勢物語を詠んではくれぬだろうか…」

兼続は、慶次にそう言った。
「いいぜ」と答えれば、兼続はきちんと正座し、慶次に対面した。
てっきり、書き留めるのかと思っていた慶次は兼続を見つめた。

「頼む」

そう言うので、長いこの話を、今回は訊くだけのつもりなのだろうと思った。
慶次はいつもより、ゆったりとした口調で物語を語り始めた。

「この男かいまみてけり。思ほえず、ふる里にいとはしたなくてありければ、心地まどひにけり…」

詠んでいると、時折、兼続が手を挙げる。言葉を止めた。

兼続を見れば、ぼんやりと空を見つめ、くるくると指を動かす。
まるで空に絵でも描くかのように、くる、くる。

指の動きを止めると、慶次を見つめた。
続きをせがまれているのだと気付く。

「男の、着たりける狩衣の裾を切りて、歌を書きてやる」

慶次は再び、読み始めた。

兼続のその指の動きは、言葉を、情景を、頭に入れているのだと、何度か見て知る。

「昔、男、わづらひて、心地死ぬるべくおぼえければ、つひにゆく道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを…」

随分と時間を掛け、慶次は兼続に伊勢物語を訊かせた。
終えた後も、言葉にはしないが口を動かしている兼続を見ると、慶次は訊ねてみた。

「兼続。あんたは、今訊いたこの話を言えるかい?」

流石に全ては無理だとは思った。己でもそれなりに何度か聴いた。
兼続なら、半分程は言えるかもなと顎を撫でた。

すぅ、と息を吸うと兼続は物語を始めた。
また、くるくると指が動く。

「くらべこし 振り分け髪も肩すぎぬ 君ならずして たれかあぐべき」

兼続は一語一句間違えず、物語を歌うように語った。
一度訊いただけのはずなのに、もう何度も何度も訊き、語った話のように兼続は歌う。

「昨日今日とは思はざりしを」

終えて、ふぅと息を吐く。
ゆっくりと頷くと、慶次を見据えた。

「間違えた箇所があれば、教えて欲しい」

「いや、ないよ」

慶次は目を白黒させた。
無理だと思っていた予想は反し、慶次を驚愕させる。
じっと兼続を見た。
たった一度訊いただけで、兼続は全てを吸い込んだ。

「どうした?」

事情が飲み込めず、目を見開きぼんやりした顔で兼続が問う。

「ホント、面白い御仁だねえ」

ニッと笑うと、兼続の頭をわしわしと撫でた。

ふっ、と、兼続が時折、己との会話の中でも指を同じように回していたことを思い出した。
行為に意味はないのだと、差して気にはしなかったのだったが、今更意味を知った。

(え、…あれは、そういう…)

兼続は、慶次の言葉を忘れぬよう、身体に刻んでいた。
大切な慶次の言葉を。
今も訊けば、己ですら忘れてしまった言葉も言えるであろう。

「くぅぅぅっ」

慶次は歯を食いしばると、唸るような声を出した。
ぱっと目を見開くと、兼続を見る。

「あんたみたいな御仁に、初めて逢った!」

「うん?私も慶次みたいな男は初めてだぞ?」

また、わしわしと撫でた。

「…あづさ弓引けど引かねど 昔より心は君に 寄りにしものを言ひけれど、男帰りにけり。」

「女、いとかなしくて、後に立ち追ひゆけど、え追ひつかで、清水のある所に伏しにけり」

慶次が途中で目線を送れば、兼続は続けて詠んだ。
二人で続ける其の物語は、何処か深い繋がりを結びつけたようで、慶次の顔を緩ませた。








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後記

文学に富んだ二人なのに、そんな文章を書いたことないなーと考えたものです。








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