「政宗…」

兼続は、何時もの口調とは打って変わり、重々しく名を呼んだ。

「なんじゃ」

政宗は顔は動かさず、目線だけを兼続へと投げた。

「何故、私と居るときに眼帯を取らない」

政宗はすっと顔を上げると、兼続を見据えた。

「兼続だけには見られたくない」

そうと言うと、俯き、手で眼帯を覆うように隠した。

兼続は理由は問わず、眉に皺を寄せた。
傷付いたのだと、解る。其の痛みが跳ね返ってでも来たように胸が痛んだ。

「…醜いわしを見せたくないのじゃ…」

ぽつりと切なげにそう呟いた。
眼帯の縁にかりっ、と爪を立てる。
其の下の何もない闇を、見せたくはない。その闇はまるで心の中、其のもの。なので、余計にそう思った。


「醜いとは思わぬ!」

「わしは醜い!!そう言われ生きてきたのに、そんなわしを兼続は醜くはないと?麗しい貴様が言っても、嫌みにしか聞こえぬわ!」

はんっと政宗は蔑むように笑う。

「笑わせてくれる!醜いのだから、醜いと言えば良い!兼続に言われようと今更、傷つかぬ!!」

政宗は嘘をついた。
兼続にそうと言われるのが怖くて、一度も兼続の前で眼帯を外したことがなかった。

「政宗!そんなことはない!!…そんな事を言うな…」

顔を反らせると、手を強く握った。
麗しい顔が悲しみで歪む。小刻みに震える兼続の身体が、非道く政宗の胸を締め付けた。

兼続とて、政宗とて、望んでそう生まれた訳ではない。
政宗は己がただ、兼続に奴当たってるだけなのは解ってはある。だが、それを止めることが出来ないでいた。

「…後悔しても知らぬぞ」

呟くと、畳にどすんと胡座をかいた。
頭に手を伸ばすと、眼帯を取った。

兼続はその前に座った。様子に、じっと見据える。
眼帯で隠していた眼を見た。瞑ったままの瞳。
本来なら膨らんでいるはずの其処は、ぺったりとしている。

「触れていいか?」

聞けば、こくんと政宗は頷く。
兼続は指では触れた。皮の感触だけしかなかった。

「…開いてくれないだろうか」

政宗は言葉に躊躇ったが、ゆっくりと瞳を開けた。
開いた瞼の奥には何もない。黒い闇だけが其処にはあった。

「醜いだろ…わしは…」

―心の闇は。

兼続は答えず、瞳の下に口付けた。頬の骨に触れると、目の下の僅か膨れた場所を軽く吸った。

「兼続…」

戸惑い、兼続の手に触れた。
兼続は、その手を両手で包み込むように覆う。

「政宗」

瞼に舌先で触れる。そろっと舌を闇へと伸ばした。
びくっと政宗の身体が震えた。

内側から兼続は触れる。

「か、兼続…」

くすぐったいような、それでいて何処か気持ち良いような気分だった。
舌がまるで意志がある生き物のように、眼球があるべき場所を動き回る。

内部を舐められている其の行為は、全てを受け入れられたような気持ちになった。じわりと涙が目尻に溜まる。

「だから、兼続は嫌じゃ…」

呟いた言葉に兼続は行為を止めた。
舌を離すと、政宗の顔を見つめる。

「何でも…そう易々と受け止める」

己が長い年月を掛け、やっとこさ乗り越えることが出来た壁を、兼続はあっさりと乗り越えてしまう。
簡単に傷に触れる。
そして、それをまるで己のものであるように、己も傷付く。

そんな兼続が、愛しくてしょうがない。

「だから、兼続は…」

ぽたり、ぽたりと右目だけから涙が零れ落ちる。

「嫌なのじゃ…」

言葉が涙と共に兼続に落ちた。







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