合嘴
「そんなに私が嫌いか?」
不意に投げられた言葉に政宗は戸惑った。
そして、即座に「嫌い」と言葉が出てこなかったことにまた戸惑う。
事の発端は何時もの言い争い。
最後まで何時もと変わらず終わる筈だったが、急に言われた兼続の言葉。それにどう返していいか解らなくなった。
「何だ、その顔は」
そう言われ、随分と顰めっ面をしていたことに気付く。
「嫌いなら、嫌いと一言、そう言えばいいではないか」
それで終わる。
だが、言えない。
「言ったらどうする?」
政宗は敢えて問う。
「どうもしない。改めて思うだけだ。私とお前は、相容れぬ関係なのだと」
じっと、と睨むように兼続が見ている。
政宗は目を泳がせた。
「兼続はわしをどう思っている?」
「…不義な者には言わない」
ふんと顔を逸らした。
「不義、不義と喧しいわ!!」
「お前が不義なのだから、不義だと言うのだ!!だったら、悔い改めろ!!…それに、政宗は私が嫌いなのだろう?言う必要はない」
「嫌いとは言っておらん!馬鹿め!!」
思いっきり叫び、はぁはぁと肩で息をした。
呼吸を整えながら、ふと疑問が頭を過ぎった。
「わしが、もし…もし、じゃぞ?好きと言ったら、兼続は言うのか?」
兼続は政宗の言葉に視線を右下に落とし、ぱたりと目を伏せた。
「か、兼続は…わしが好きなのか?」
「…だ、黙れ…山犬…」
白い頬が赤く染まっていく。
それを呆然としながら、政宗は見つめた。
「え…?あ…」
兼続が己を好きなのだと実感するなり、カッと頬が熱くなった。
鐘でも鳴っているかのように、頭の中で何かががんがん響いた。
兼続は、相変わらず目線を逸らし、合わせようともしない。
話すときは必ず、目を見て話す兼続がだ。
「政宗は…嫌いだろう…?好きな相手なのに、不義…扱いする男など…」
一瞬、視線を合わせるが直ぐに逸らし、指をきりっと噛んだ。
黒い髪が寂しそうに揺れた。
「嫌い…」
言葉にびくっと兼続の身体が反応したのが解った。
政宗の胸がずきっと痛んだ。
「とは言ってない…」
兼続は言葉を聞き、下唇を一度舐めると口を開く。
「…好きとも言われてない」
言わないとならないのかと、政宗は兼続の言葉に溜息を吐き、眉と眉の間の皺を深くさせた。
「嫌いじゃないなら、好きじゃろうが!!」
「興味がないということもある!!」
「くっ!兼続、屈め!!」
「何故だ!」
「良いから屈め!!!」
言葉にムッとしながらも、兼続は身を屈めた。
政宗は、兼続の胸元を掴むと、顔を寄せ、唇に唇をつけた。
「む…」
ぎこちないそれは、接吻というよりも合嘴という言葉があっていた。
鳥が嘴と嘴を合わせるのに似ている。
「…好きじゃ」
やけに近く、そして見たこともない真剣な表情の政宗。
兼続の心臓が高鳴った。
「ふ、不意打ちとは卑怯な!」
「卑怯とはなんじゃ!もう、せんぞ!!」
「……」
兼続は屈むと、今度は己から口付けた。
ちゅっと短く口付けて、政宗の細く柔らかな髪を指先に絡める。
「政宗と…こうしたいと思っていた」
呟くと、また一つ口付けを落とす。
「私も好きだ、政宗…」
そして、また一つ。
「あまり…するな…」
「何だ、接吻は嫌いか?」
「いや…」
目に見えて落ち込む兼続に口付けると、癖になったら困ると政宗は呟いた。
終