水
何時からか、兼続は水を求めるようになった。
時間さえあれば、川へ行く。
ほんの僅かな時間さえ取れないときは、桶に水を張ったものを傍に置いた。
水があると安心する。
(何故、こんなにも心静かになるのか…)
桶の水を何度救っては、指から零れる水を見つめた。
段々と、水を求める欲が強くなっていく。
水が無いと不安になった。
気付くと、川に居た。
川の中へと入るところで我に返る。
水が脚に絡みついた。
それでも、脚は歩みを止めず、どんどんと深みへと進んでいく。
ゆっくりと身体を沈めて、もっと深みへ深みへ進む。
底を歩いた。歩けたことに疑問は感じなかった。
一番深いところに行くと、水面を見た。
ゆらゆらと淡い光が差し込んできている。
泡が生まれては消えていく。
息苦しさは全くなかった。
水の中は、まるで母体に包まれている感覚があった。
己は水の中で生まれたのだと知った。
(だから、私は水を欲している)
吐いた息が泡となって、水面を目指す。
それを兼続は静かに見つめた。
(そして、私は何時かあの泡のように…)
消えていくのだろう。
「兼続、風邪引くぜ?」
その日は雨が朝から降り続いていた。
ざぁざぁと止まることを知らず、何時までも振り続く。
兼続はその雨に打たれていた。
慶次が縁先より声を掛けるが、天を仰いだまま兼続は一向と動かない。
(雨は地に降り注ぎ、やがて川へと流れる。そして川は海へと…海…うみ…)
すっと兼続は地へと目線を戻した。
その横顔を見て、慶次は己も雨が降り注ぐ中飛び出した。
「何処へ行く気だ!」
慶次は叫ぶと、兼続の腕を掴んだ。
兼続が何処かへ行ってしまいそうな気がした。
「私は帰らればならないのだよ、慶次」
その言葉が、慶次の耳にやけに遠く聞こえた。
終
戻