「私が人ではないと言ったら、慶次は信じてくれるだろうか」

脱いだ着物を着込みながら、兼続はそんな言葉を告げた。

「信じるよ」

何を言っているのかと疑問ではなく、そう返ってきた。
そうか、と兼続は笑う。
乱れてしまった長く伸びた髪を指で梳くと、その髪を束ねた。

「私は元々は謙信公の式であった。だが、何故か私だけ自我が目覚めたのだ」

兼続は、人として生まれた存在では無かった。
慶次とは何度か身体の関係を持ったが、今の今まで言わずにいた。

そっと慶次の腕に手を置く。
兼続の肌は誰よりも冷たかったが、全く血が通っていない身体だとは思えない。ほんのり温かいのだ。その温かさは、恋した胸の温かさにどこか似ていた。

心の臓も、とんとんと音を発している。「此処に小さな核がある」そう言い、兼続は己の胸に触れる。

「本来ならば音など無いのだが、何故か慶次の心音と共鳴して、激しく鳴る。それがまた、面白い」

そう言い、笑う。

「人となんら、変わらないな」

続けて、独り言のようにそう言った。

「本当ならば、知ることもなかった…恋も知れた…」

慶次を見つめていた瞳をそっと反らす仕草と人では無いと告白してきたことに、何故か別れを予感した。

「兼続…」

慶次は兼続を抱き締めて、肩に額を乗せた。
謙信の式だと言うことは、謙信が亡くなれば兼続も消えることになる。
近いのだろう、その時が。
言われなくとも、それが解った。

「私は幸せを感じている。慶次、解るか?私は幸せだ」
「…幸せなんてもんはただの言葉さ。意味などありはしない」

慶次は吐き捨てるようにそう言うとより強く抱き締めた。
その行いは、離したくないと言っているようでもあった。

「私が、…消えたら、綾御前を訪ねてくれ…」

つまり記憶を消してもらえということ。
慶次が苦しむのならば、いっそ忘れて欲しいと思った。

「あんたはそれでいいのかい?」
「そうして欲しい」
「嫌だね。そればかりは聞けない」
「慶次!!」

そう叫んだ後、上げた慶次の顔を見て、何も言えなくなってしまった。
慶次は己が酷く陰鬱な顔をしているのだろうと、心の中で舌打ちをした。
消えてしまうのならば、晴々しく送ってやりたいのにそれすら出来ない。本来の己ならば出来ただろうに。

(こんなにも俺は恋にしがみ付く男では無かったはずだが、それほどまでに死に物狂いの恋をしてるって事かねぇ)

鬱々しい気分を吹き飛ばしたいと、慶次は兼続をまた抱いた。



数日後、慶次の元に上杉謙信が亡くなったという知らせが届いた。
あれから兼続とは逢っていなかった。これほどまでとは思わず、驚駭した。

「チッ!!」

慶次は松風を走らせた。
向かった所で兼続はもういないであろう。それでも己の目で確かめなければ気が済まなかった。

兼続が住んでいた屋敷に着くと、履物も脱がずに上がり込んだ。心に余裕など、今の慶次には無かった。兼続の元へと気持ちが急かされている。
珍しい姿だった。それだけ、惚れていた。

屋敷の中は静まり返り、誰一人いないように思えた。
慶次の足音だけが地鳴りのように響き渡る。

「兼続!」

部屋を一つ一つ開けていくが、やはり兼続の姿はなかった。
開けっ放しにされた部屋が一つ、一つと増えていく。誰もいない部屋が増える度に慶次の胸を痛く締め付けた。

絶望的な気持ちで最後の部屋の襖を開けると、そこには兼続の姿があった。
畳の上に横たわっていた。
慶次は兼続を抱き起こした。身体は異様に軽く、そしてほんのりとした熱も無い。ただ、そこにあるのは元は紙であろう器だけ。

頬を撫でる。
あれだけ瑞々しかった肌の感触も、今はざらっとしたものになっていた。

「兼続…兼続…なぁ、兼続…」

名を呼べば、目を開けるのではないかと震えた声で呼ぶが、兼続は目を開かせ無い。

「紙にでも戻ると思っていたのにな。これじゃあ…」

人の死と同じじゃねぇか。
慶次の言葉は最後まで口から発せられ無かった。

髪を撫で、額に口付ける。
何時もそうすると、兼続は「くすぐったいぞ」と笑う。くすくすと耳元で笑う兼続の声が好きで、また同じ事を何度も繰り返す。
だが、この時ばかりはそう返って来ることは無かった。

頬に頬を寄せて、「俺の最後まで付き合ってくれるよ、な…兼続?」と慶次は耳元で囁いた。
兼続を抱き上げたまま、立ち上がる。

「さぁ、あんたは何処に行きたい?海でも見に行くかね?」

問いながら、歩みを進めようとした。
だが、一歩踏み出した所で、慶次は立ち止まった。

「何だ?」

突然、天井からふわふわと2つの小さな光りの珠が降りてきた。
2つの珠はくるくるとじゃれるように絡み合うと、やがて1つになった。
そのまま、慶次の方向へと降りてくる。兼続を畳の上へと降ろすと、その光りの珠を手の平で受け止めた。
ほんのり温かい熱があった。その熱を感じた途端、それは兼続の核だというのが解った。
珠を口に含むと、兼続の身体を再び抱き起こした。
指で口を開かせると、口付け、舌で珠を口内へと運ぶ。珠は体内に入ると、するりと奥へと入っていった。

一瞬、眩い光が兼続の体を包む。
かと思えば、兼続の身体がぽかぽかと熱を帯び始めた。肌にも赤み差す。あれだけ軽かった身体だったが、ずしっと重さが増した。

身体を触ると温かく、人とまるで変わらなかった。心の臓に手を当てると、とくんとくんと心音が聞こえてくる。
それは核の音ではなく、確かに心音だった。

「…兼続」

名を呼ぶと、すっと兼続は瞳を開けた。

「ん、…慶次?慶次!慶次っ!!」
「兼続!!」

首に抱き付き、慶次の名を呼んだ。慶次も抱き締め返すと兼続の名を呼ぶ。

「謙信公が…私は生きよと……残りの命を下さった…」

ぎゅっと強い力で兼続は慶次を抱き締めた。

「愛する者と…生きよ…と…謙信…こ…ぅ…は、わた…」

言葉は涙に濡れて消えた。
きれいな涙がはらはらと零れ、触れている慶次の頬を濡らした。

「けい、じ、けいじ、…けいじ」

布を通して、兼続の激しい心音と温かな熱が伝わってくる。慶次はそれを確かめながら、強く兼続の身体を抱き締めた。








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