小説 | ナノ


  みえないくさり2


 金のまつ毛が震えてゆっくりと瞳が開かられる。
 半分だけ開かれ覗いている瞳は虚ろなまま宙を見上げていた。まだ意識の半分は夢の中のようだった。焦点がまだ定まっていない。
――まだ早ぇえんだけどなぁ。
 その様子をしばらく眺めているとアリババもようやく目を覚ましたらしい。跳び上がるように体を起こして、両手に繋がっている鎖がじゃらりと音を立てた。
「お目覚めの気分はどーよ、アリババクン」
「……え…ぁ…………」
 手元の鎖と見下ろしている俺の顔を交互に視線を走らせてアリババは震えていた。
 恐怖にひきつった顔がどうしようもなく俺を煽っている。一歩、近づけば俺から逃れるようにベッドの背へとアリババは後ずさった。そんなことしても意味なんてねぇのい、可愛い奴だ。
「大丈夫だって。まだ、始めねえよ」
「…………ま、だ…?」
「そうそう。どうせなら準備が整うまで楽しくおしゃべりしようぜ」
 近づくと暴れて話しどころじゃなくなっちまうから、俺はベッド近くのイスに腰を下ろした。俺がそれ以上近づかないとわかると少しはアリババも落ち着いたらしい。俺の話に少しは耳を傾ける気になったようだ。
「俺さぁ、お前がいなくなってからすっげー考えたんだぜ」
 両手の掌を広げる。杖を振るう意志がないと示す為に。
「どうしたらお前は俺から逃げなくなるんだろう。他の連中とかもお前を助け出そうなんて考えなくなるのかってな」
 思い出しながら口元が歪む。そういやこいつがいなくなってから必死だったな、俺。いつにないくらいな。
「お前さ、今あのファナリスの女と一緒にいるだろ。俺考えたんだよ。どうしてお前はそいつと旅できんのかなってな。で、思った。そいつはお前のことを知らねえんだって。俺らに犯されて善がっている姿を知られていないから、平気な顔で一緒にいられるんだってな。……知られたくないだろ、なぁアリババ」
 アリババは震えそうになる自分の呼吸を落ち着かせるだけで精一杯のようだった。頷くこともせずただ俺をじっと見ている。
――せっかくあの部屋に似せたんだもんな。
 ちゃんと反応が返ってきて嬉しかった。これで何も反応がなかったら、落胆する所だった。
 懐かしい部屋でずっと待ちわびていた時間が始まるのかと思うと、期待と興奮に口角が上がるのを感じた。


 その時、何かが弾ける様な音が外から聞こえてきた。
 決して大きい音ではないが小さくもない。例えて言うなら動物が罠にかかった時の音に似ているかもしれない。
 俺がイスから立ち上がればベッドの隅でビクリとアリババが体を震わせる。
 ベッドの隅で固まっているアリババを余所に、俺は部屋の窓から外に顔を出した。予想していた――というより期待していた結果に口元が緩むのを止められなかった。



 念入りに罠を仕掛けていた。
 どこから襲撃があっても対応できるように。もっとも、警戒するのは一人だけだったから、そんなに難しい話しでもなかった。
「原理は防護壁<ボルグ>と同じだ。ただ違うのは内側からの衝撃に強く、外から衝撃を与えられりゃ簡単に壊れるってとこか」
「モル……ジアナ!?」
 窓の外に浮き上がってきた人影にアリババが声を上げる。透明な球体に閉じ込められ今も内側から手を叩いて殻を壊そうともがいているのは、アリババの連れのファナリスの女だ。何かを叫んでいるが声は何一つ聞こえない。音は内から外に出ないように術式を組んである。その代わりこちらの声は球の中にもよく聞こえる仕組みだ。
 俺が杖を振ると、窓から部屋に入って、天井近くでその球はぴたりと止まった。
「モルジアナっ!!」
 反射的にアリババがかけよろうとして、その動きは音を立てた鎖に遮られた。両手に繋がっている鎖がピンと張り、アリババが伸ばした手はファナリスの女に届きもしない。
「心配しなくてもこいつには何もしねぇって。こいつはただのギャラリーだ。後でちゃんと解放してやるって」
 声を立てて哂えば、アリババから鋭い視線が刺さった。その視線を受けて胸の内が熱くなっていく。
 そうだ。
 そうだった。
 最初はアリババも反抗的でよく俺のことをそんな目で見てたっけ。
――たまんねぇなぁ。
 アリババの態度が愉快で仕方がない。従順なのもいいけど、抵抗して暴れるのを屈服させる方が面白い。
「ギャラリーって、何だよ……っ」
「言ってる意味、わかってんだろ? さぁ、愉しもうぜ?」
 アリババの首を掴んだのは一瞬、そのままベッドに叩きつけたのも一瞬だった。
 待ちきれないと体がうずうずしている。早く犯したい。この甘い身体を味わいたい。
 相手の息を絞り取るように圧をかければ、ベッドの上でアリババが逃れようと暴れる。
「そうそう、抵抗していいぜ。そうじゃねえと……、つまんねぇからな??」


ものすごい力だった。本当に殺そうとしている様な容赦ない力。
「っかは……っ」
 締め上げる手に爪を突き立てて外そうと必死にもがいた。腕を掴んでこちらだって本気で引き離そうとしているのに、ジュダルの腕はびくとも動かない。視界の端に宙に浮かばされたままのモルジアナが映った。聞こえないけれど何かを口にしながら、防護壁の殻を割ろうと内側から必死に叩いていた。息苦しさから視界が涙で滲んでいく。
――何してんだよ、俺。モルジアナも守れないで、俺……。
「弱えぇなあ。アリババクン」
 反れていた意識が正面に戻る。暗闇の中で光る赤い相貌が俺を見下ろして笑っていた。
 見知った――囚われてた日々の悪夢を彷彿させる光にぞっと戦慄する。身体が震えるのが止まらない。酸欠の、せいだけじゃない。この身体は覚えている。これから何をされるのかも、決して逃れられないことも――。
 ジュダルの腕に爪を立てていた手が、ゆっくりと。ベッドの上に落ちて行った。肺の空気は絞り出され、息苦しくて、急に体が重くなっていって、動かせない。バタついていた足も大人しくなる。動かしたくても動かせない。視界が赤黒く染まっていく。
――もうダメだ。
 そう思った瞬間だった。
「っ!! …かはっ! ゲホッケホッ……」
 不意に解放されて、肺が急速に空気を取り込んだ。身がくの字に曲がりそうになったが、ジュダルが身体を押さえつけていて叶わない。
「俺さぁ……」
 さっきまで首を絞めていた手が、今は俺の頬に触れていた。その手が滑り、耳たぶへと触れる。カチリと音がした。
「俺の眼の色に似ていたけどよ、俺のはもう首につけたから、これはいらねぇよな?」
 何か痛みを感じたのかもしれない。それを認識するには体中が酸欠に喘ぎ、締められていた首の方が痛みを上げていて気付けなかった。俺に何が起きたのか、ジュダルが何をしたのかも。
 カチリと、今度は間違いなく石が擦れる音がした。ジュダルが口元の笑みを深くして、ソレを俺にもよく見えるように目の前に掲げる。
「っぁ……。そ……れ……」
 ジュダルの手に握られている紅い石――カシムの、のピアス。
「これ。ずっと気に食わなかったんだよ」
 心臓がひときわ大きな音を立てた。
――何をする気だよ。何を。なんて。
 ジュダルが掴んでいるピアスに杖の先を近づけている。それだけで何をしようとしているかなんて、わかるようなもんじゃないか。スローモーションのようにゆっくりと、それはアリババの目の前で起きた。咄嗟に伸ばした手は力が入らず震えていた。その手は、少なくともピアスには届かなかった。
 チリッと、音がしたと思った。次の瞬間には、ジュダルの手の内にあったものは、形を失い砂屑になっていた。氷が一瞬で水になるように、石が形を無くして砂に変わる。
 あまりに一瞬の出来事だったから、俺は理解できなかった。違う。認めたくなかった。心の拠り所。背負っていくのだという覚悟、いつも忘れないと――戒めとしての――。
「……あ……あ………」
 砂を受け止めたジュダルが手のひらを傾ければ、砂時計の砂のように細かい粒子になったピアスは、窓から入る僅かな月の光に照らされて、小さな音を立てて地に落ちていく。伸ばした手は届かなかった。僅かな砂すら、触れることも掴むこともできなかった。
 左手をゆっくり揚げて、自分の顔を、頬を、耳を確かめるように触れる。耳たぶのヒスイのピアスは変わらず残っている。でも、その上の、耳の軟骨についているはずのピアスがない。あるのは名残だけ。小さな穴の跡の感触だけ。

 その感触を確かめただけで、目の前が暗くなるようだった。

 自分の息苦しさも、頬を伝う涙も、軋む寝台の音も、ジュダルがのしかかってくる重みも、どこか遠くに。現実味を感じない。
「……っぁ」
 鎖骨を強く吸われて、ビクリと快感に身体が震える。いっそ、何もかも忘れて流されればいいのかもしれない。情けなくて、みっともなくて、あさましいだけの行為だけど、気持ち善くなるのは確かなんだ。キモチヨク感じるように、俺はジュダルに身体を変えられてしまったのだから。
 甘い声が、鼻から抜けるように漏れていく。一度口を開いてしまえば、嬌声を止めることなんてできない。ジュダルの貪る様な愛撫に身体が答え、快楽に堕ちていくのを止められない。熱に頭が支配されていく、腰も熱を孕み鈍くだけど揺れ始めた。
 何度目か背を弓なりに反らせた時、視界の隅で何かが動いた。その動いているモノを認めて、熱に支配されていた頭が急に冷めていく。突然沸き立った嫌悪感に身をひねれば、胸の飾りをいじっていたジュダルがその手を止めた。怪訝そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「……どうしたんだよ?」
「…や、だ。……い、やだっ!」
 視界の端に映ったモルジアナは球の中で、ずっと自分の拳を内側から叩き続けていた。その手にうっすらと血が滲んでいるように見えた。何か言葉を口にしているのもわかる。必死にこちらに叫ぶように。
 彼女の眼に浮かぶ涙も見えた。悔しそうに歪む表情も、彼女の眼に今の俺はどう映っている?
「みられ……たくないっ!!!」
 このあさましい姿を。いいようにされて喘ぐ姿を。それを、今仲間に見られている。こんなにも近くで。今にも手が届きそうな場所で。
「へぇ……そんなに?」
 力の入らない身体はジュダルを押しのけることなんかできやしない。俺の意味のない抵抗すらジュダルは楽しんでいるんだ、わかっている。
「いや、だぁあああっ!!!」
 胸の飾りを強く摘まれて、身体が反射的に弓なりに反った。反応が面白くて仕方がないと言うように、ジュダルが喉を鳴らしている。
「……くくっ。やっぱアイツ連れてきて良かったなぁ。お前の心がここにねぇと、抱いてもつまんねぇしなぁ」
 本当に、本当に愉しそうにジュダルは笑った。
 細められた紅い相貌に身体が震える。勃ちあがっていた自身からジュダルが先走りを掬い取った。その手を、足の付け根にねじ込まれた。
「…あっ、くぅ……!? あ、あああっ!!」
 身体を貫く痛みに背がしなった。もうずっとそうゆう用途で使われていなかったソコは異物が産む痛みだけを訴えてくる。
「ははっ! きっつ……。本当にここ、使ってなかったんだなぁ。安心したわ」
 内側を広げるようにさらに指が増やされ射し込まれた。先走りを掬い塗り込むようにしながら、抜き差しを繰り返してくる。
 識っている痛み、熱く重い身体。
 ひざ裏を押し上げられて、恥部が全て相手の前にさらされる。そして、熱い屹立が押しあてられた。

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