小説 | ナノ


    とりをかこうひと


 最近は暇さえあればあの部屋を訪れていた。用件は決まっている。チビマギが選んだ王候補、ついでに言うならシンドリアのバカ殿がやけに大事にしようとするアリババクンを、精神的にも肉体的にも苛めて遊ぶためだ。
 何度も抱いて、何度も気を失わせて、無力感を味あわせて――、それでもつまんないことにアリババクンはまだあらがってやがった。身を拘束されていてあんまり動けないから体力は落ちてきているものの、心が折れることもなく、絶望もしなかった。でもって、ルフも黒く染まらない。

――何のために連れてきていると思ってんだか。

 いっそのこと殺してしまおうか。とも考えた。その方が元々組織の方針だし、あっちは気付いているかもしれねえけど、組織から隠すなんて面倒なことをする必要もない。合理的って言えば合理的だ。
 ああ、でもその前に――。最近、シンドリアから戻ってきた白龍を思い浮かべた。アリババクンと白龍は一緒にザガンを攻略した『仲間』だったっけ? 紅玉がシンドリアでの話をした時には、白龍とアリババクンはそれなりに打ち解けていたらしい。その『仲間』に組み敷かれたら、アリババクンはどんな顔するんだろうなぁ?

 そう思うとその顔がみたくなって、いてもたってもいられなくなった。ちょうどこっちの情勢的に動き辛い白龍も手持ちぶさたらしいし、あいつも息抜きにはちょうどいいだろう。



 会わせた時の会話を部屋の外で聞く限りじゃ、アリババクンは白龍にここから出してもらうつもりだったらしい。どんなつもりで白龍がここに来たのかも知らねえまんまでよ。
 それが白龍がヤる気だってわかった時の、アリババクンの顔は見物だったな。目を見開いて本当に信じられないって顔でよ。白龍が来た時のほころんだ顔が、一気に怯えに変わった時は思わず腹抱えて笑いそうになったぜ。

「嘘、だよな? 白龍? 違うよな? 違うって、違うって言ってくれよ!」
――そんなこと言って本当に止めてもらえるとでも思ってんのか?

 涙にじませて、頬を紅潮させて、アリババクンは自分で白龍を煽っているってことに気づいてねえんだから、余計に滑稽だった。

「ここまでしたのに、俺が冗談でやったと思うんですか」

 逆に白龍の方は苛立ってやがんな。余裕がねえのか、最初の言葉をあいつが受け止められないことにも気づいちゃいねえ。ここんとこ鬱憤がたまっていたせいもあるんだろうけれど、理性はしっかり外れているみたいだった。
  ああ、でもまだ抵抗してやがる。息苦しくて意識も朦朧としてるのにアリババクンは首を横に振るし、その瞳はまだ白龍が止めてくれることを祈ってやがる。

――でも、これイイな。

 白龍が口づけを繰り返す度に、行為を進める度に、こいつの周りのルフは酷く乱れる。悲しい、苦しい、辛い、怖いと声を上げている。俺が痛めつけていたときよりもずっと強く大きな声で。
 こいつはまだ希望を持ってんだ。その希望が、白龍の行為でどんどん擦り潰されていっている。アリババクンの白いルフが急激に弱っていく。

――これが見たかったんだよ。

 背筋を走るゾクゾクした感覚に口が歪むのがわかった。このままこいつが弱っていって、黒いルフに染まるのかと思うと楽しくて仕方がなかった。

「……どれだけされたんですか、神官殿」

 ルフに気を取られて、あまりよく見ていなかったことに気づいた。気づけば、白龍がアリババクンの下肢に手を埋めている。

――ああ、そこのところね。

「んー。ここんところずっとかな」

 初めての時はそれは固かったんだよな。入れたこっちも痛いくらいギチギチで。何回も繰り返すうちに大分楽になったんだけど。それがどうしようもなくアリババクンには嫌なんだろうけどさ。
 アリババクンに視線を移してみれば、息も整わないのか涙で顔を濡らして、視線をさまよわせている。その表情が快楽と恐怖に歪んでいて、どうしようもなく見ていて楽しい。

「そう、ですか」

 そう答える白龍は不満そうだった。ま、何が不満なのか知らねえけど。

「……あと、そろそろここから出ていってもらいたいのですが」
「えー。俺はアリババ君が乱れる様をもう少し見ていてえんだけど」

 これはそのまんま俺の本心。もっとアリババクンのルフが悲鳴を上げて弱っていく様を見ていたい。それが見たくて白龍をここに連れて来たんだから。ま、ここまでうまく事が進むとは思っていなかったけれど。

――これからが楽しいところなのによ。

 アリババクンがどんな悲鳴を上げるのか。
 アリババクンのルフがどれだけ苦しむのか。
 まだ、希望を捨て切れていないところを見ていると、これからが面白いのは言うまでもないことだった。

「……神官殿」

 だが、どうにも俺に見られるのが白龍は心底嫌らしい。さっさと先に進めばいいのに、手がゆっくりになっている。つまりは、俺が見ている間は先に進まないってことだろう。

「……ちっ。わかったつーの。その代わり……、忘れんなよ?」

 それはここに連れてきた時の最初の約束ごとの確認だった。
 ここに白龍を連れてきたってことはそれなりにリスクがある。こいつを白龍が逃がすってことを俺だって考えなかった訳じゃない。だから、こいつに会わせろって白龍が言い出した時にたいしたもんじゃないが条件をつけた。

 一つ目はこいつを逃がさないこと。破って鎖を外す素振りをみせれば、俺は動けないこいつを先に殺すって言ってある。
 二つ目はもしヤるなら最後までやること。最後ってのは、必ず気を失わせるまで酷使して、その後の後処理もちゃんとやれってことだ。一応こっちにはもしヤらないなら、すぐに部屋を出ることを交換条件として掲示してあったんだが、アリババクンを押し倒した時点で白龍は決めてたんだろう。

「わかっています」

 そう答えた時の白龍のルフは痛いほど真っ直ぐだった。

――逃げてたらまた捕まえて戻すだけだし、どれだけ弱るかは明日のお楽しみってことでいいか。

 仕方なく俺は部屋から出た。後は白龍に任せて、翌日にでも様子を見ればいい。







 この日、あの部屋を訪れた時の違和感と言ったらいいのか。入った瞬間何かおかしいと、思った。

 はじめはいつも通り抱くつもりだった。
 逃げ出す術として頼ってた白龍に裏切らせて、絶望させて、それから抱けばさぞ楽しいだろうって。
 アリババクンの泣き顔はそりゃ酷いモンだった。今まで泣き顔を見たことはあったけど――行為の間とか――、目はここまで充血してなかったし、鼻も何度布でかんだのかしらないけど赤く擦れちゃいなかった。

「ひっでぇ顔だな」

――でも、こいつのルフは白いまんまなんだよな。

 弱って悲しそうに苦しそうに鳴いてはいるが、アリババクンのルフは黒く染まっちゃいない。これだけ精神的に追い込まれれば少しくらい染まってもいいと思うんだけどな。

「白龍はいねーぜ」

 そう言えば、こいつの肩がビクリと震える。ま、これだけ泣いているんだ。泣いたのはどうみても白龍が原因だろう。それに、不意に気付いた。俺が抱いても、こいつはこんなに泣くことはなかった。

――白龍、だからか?

 胸の奥が何でか痛む。俺がいくら抱いたとしても、こいつはこんな風には泣かなかった。悔しくて辛いのは同じはずなのに。

「……今日は、お前かよ」

 その声には力も何もない。無気力そのものだ。いつものように睨みつけてくることもない。

「今日は。って、ひでー言い方だな、おい」
「……どっちが酷いんだか」

 声に力もないアリババクンはこっちに視線を合わせようとしない。何故かそれがイライラする。
 こいつを壊すのは俺がやるはずだった。俺が壊したかった。けど、何度組み敷いたところで、傷ついた目や噛みつきそうな目をしたことはあっても、こいつの心が折れることはなかった。それなのに――。

――たった一晩だろ。それだけで、こんなにも壊れるのか?

 こいつのルフも、今の状態も。なーんか、気に食わなかった。
 俺の時はどうしてそうならなかったんだ? 
 元々、俺と白龍じゃこいつに対しての立場が全く違う。俺とアリババクンはバルバッドの時からハッキリとした敵同士だが、白龍はなんでも迷宮ザガンを一緒に攻略した仲らしいし、一応、白龍とアリババクンは『仲間』ってことになるんだろう。どうして、アリババクンがバルバッドの仇でもある煌帝国の皇子と迷宮攻略を共に行ったのかなんて、俺には理解できないけどな。
 その関係の違いが、この事後の違いにもなるんだろうけど――、何がそこまで違うのか俺にはわかんね。わかりたくもなかった。



 そもそもなんでこいつ連れてきたんだっけ?

 なんで俺は苛ついてんだ?

 ああ――そうか。

 こいつは今俺を見ちゃいない。頭ん中が白龍で一杯なのか――そう思うとどうしようもなくムカつくんだが――、ようやくこっちを見たと思えば、また白龍のことだ。その上まだ泣きやがる。

――こんな涙すぐに止めろよ。

 見ていてイライラする。
 手を伸ばしたのは反射的だ。こいつが俺を掴み上げたのに勝手に泣いて勝手に離れようとするもんだから――。腕の中に収めると、小さく震える体は抵抗しなかった。俺に、怯えてもいなかった。

「安心しろよ。今日は抱かねーよ」

 自分でもこんなことを言うつもりはなかった。ここに来た時は、またこいつを抱くつもりだったんだから。
 でもどうしてか、その気にはならなかった。





 いつも俺を拒んでしょうがないこいつのルフが、今日は近づいても俺を拒まない。悲鳴も上げない。

 それがどこか心地よく感じたなんて、嘘だろう?

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