サシャに誘われて町に出かけた私は、今とてつもない後悔の念に駆られていた。朝の寝ぼけた私の頭はすっかり忘れてしまっていたのだ、町には食べ物があることを。だって、町に女の子とお出かけと聞いたら普通はお買い物とかを想像するだろう。クリスタとなら想像していた普通のお出かけが実現するだろうけど、今回は相手がサシャである。

「うわあ、名前!見て下さいあのお肉!」

先ほどからサシャの頭は食べ物一色らしく、口から出てくる言葉といったら、お肉かおいしそうかお肉か食べたいかお肉か、とにかく食べ物関連ばかりだ。たまに「もらっていってもいいですよね…」なんて言葉まで聞こえてくるものだから、私はそろそろ知らない人のふりをしたくなる。

「サシャ、あっちにパン屋さんと併設してるかわいい雑貨屋さんがあるって。クリスタが言ってたから行ってみよう」
「パ、パン?」
「う、うん。そう言ってたけど」
「行きます!!」

涎を垂らして幸せそうな笑みでブンブン頭をふるサシャ。うん、かわいい。かわいいんだけど、なんだろう。この残念な感じは。とにかく私は行きたかった雑貨屋さんへ向かうことに成功した。

雑貨屋さんに着くと、もちろん彼女は真っ先に横にあるパン屋さんへ疾走してしまった。

「ああもう、仕方ないなあ」

またため息をついてから、とりあえず雑貨屋さんを見て回ることにする。今日一日ですっかり老けこんだなあ。でも置いてある雑貨は本当にかわいくて、老け込んでしまった私を一気に若返らせてくれた。
中でも目に止まったのは、きらきら光る丸いガラス瓶。ガラス瓶の中で揺れるのはスズランの香りの香水で、小さなリボンまでついているデザインはいかにも女の子といった感じだ。手にとって香りを確かめれば、ふわりと優しい気持ちになるような柔らかい香り。これ、エレンくんはすきかな…。ううーん、買おうか、どうしようか。悩みに悩んでいると、グッドタイミングでパンを片手に戻ってきたサシャ。ここは一つ、他の人の意見を取り入れてみよう!

「サシャはこの香り、どう思う?」
「ん〜おいしそうな香りですね!!」

……こいつ、もう駄目だ。








結局私の右手にはかわいらしい袋が下げられていた。首や手首に早速スズランの香りをまとってご機嫌だ。宿舎に帰って真っ先に気付いてくれたのはクリスタだった。

「あれ、香水?いい香り!」
「うわ、ありがとうクリスタ!クリスタもつける?」
「ううん、いいよ。私つけたことないし」
「へえ、そうなんだ。でもたしかにクリスタはシャンプーの香りって感じか」

うんうんと一人納得する。天使なクリスタは何もしないのが1番かわいい気がする。うらやましいな、くそう。
とそこまで考えてから、この香水を買った理由を思い出す。エレンくん、鈍感だけど気付いてくれるかな。私たちが話しているテーブルから数席離れた場所にその姿を確認する。ライナーとベルトルトくんと随分盛り上がってるみたいで、今は入っていけそうにない。ちなみに私の特技は空気を読むことだ。存分に特技を発揮していると、ふいにエレンくんと目があった。うわあ、見てたのばれた!

「名前!ちょっと来いよ!ライナーのやつがおもしろくてさあ」
「な、何、どうしたの?」

しどろもどろになりながら、それでも平静を装って席をたつ。すると、ちょいちょいと笑顔で手招きするエレンくん。おお…笑顔が眩しい…!
なんてばかなことを考えながら歩くからだ。私はなんとも盛大にガッと木の床に足が引っかけてバランスを崩す。

「うっわっ!!」
「お、おい!危ね!」

来たる衝撃はエレンくんによって逃れたらしい。なんていうか、すごく恥ずかしい!ベタだし!近いし!これはマジで恥ずかしい!私をしっかり支えてくれる腕を意識してしまって、心臓がどっくんどっくん脈をうつ。カアッと一瞬で体が火照って、もう倒れてしまいそうなくらいだ。

「う、あ、あの、ありがとう…!」
「あ、ああ、大丈夫か?」

恥ずかしいのはエレンくんも同じらしくて、短い髪の毛から覗く耳が赤く染まっている。とにかく熱をしずめようと深く息を吸っていると、エレンくんは何を思ったかもう一度近付いてきた。

「えっえ、な、何」
「ん、あれ、なんかいい匂いする」
「えっ?あ!うあ、くすぐったいから…!」
「あっ悪ぃ!!」

突然私の首もとに顔をうずめるものだから、サラサラの髪の毛が首筋を掠めてゾクゾクした。香水に気付いてもらえて嬉しいはずなのに、脈打つ心臓と熱い体温のせいで何がなんだかわからなかった。ただ、隣でライナーとベルトルトくんがニヤニヤと笑っていることに気付いて、私はもう死にたくなるくらい恥ずかしかった。



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