全神経を、ハサミを持つ右手に集中させる。鏡の前でハサミを持って突っ立っている私は、はたから見ればさぞかしシュールだろう。しかしこれは乙女にとって一大イベントなのだ。たったの数ミリ短いと、その後の周りの空気がなんとも言えないことになってしまう恐ろしいイベントだ。
「よし、いざ!」
ハサミを持ち直して右手に力を込めた時だった。
バアアアアン!!
「ぎゃあああ!?!!?」
見ると、ドアがすっかり外れてしまっている上に、足下には痛みに耐えるジャンが転がっていた。
「うわっなんで!?何したらドアぶち壊すくらい吹っ飛ぶの!?」
「っクッソ…いってえ!エレンのやつまじぶっ飛ばす!!」
「は、え、ちょっとジャンくんよ、またエレンくんと喧嘩したの」
「だってよ、あいつが、…………名前?」
「なんなの途中で言うのやめないでよ何があったか気になるじゃん」
「……いや、お前こそ、髪…何があったんだよ」
「髪?」
微妙な顔をして言うジャンに、もしやと思って鏡を見ると、そこにはなんとも言えないハイセンスな前髪になった私がうつっていた。
夕食の時間が来て、私はようやく女子トイレを後にする。ああ、こんなに憂鬱な夕食は初めてだよ。とりあえずの対策としておでこに手をやってみたけれど、こんな一時的な対策じゃあどうにもならない。どうにもならないけど、本当に駄目なのだ。今日のうちは絶対にこの前髪を誰にも見られてはならない。
「お、名前!こっちで食おうぜ」
部屋に足を踏み入れた瞬間に1番見られたくなかった人から声をかけられた。パンを口いっぱいに頬張りながら手を振るエレンくん。やばい、エレンくんだけには見られたくない!そこで私がとった手段は逃走だった。
「うわあああ見ないでええ」
「あ、おい、名前!待てよ!」
急いで宿舎の外に出てぜえぜえと肩で息をする。体力のなさに定評がある私がよくがんばった。少し時間を潰して戻ろうと、腰を下ろして一息つく。
「ふう、疲れた、しんどかった」
「名前!」
「うわあ!!エレンくん!」
「なんで逃げるん、………!」
「………っあ!え、え、見た!?」
なんという不覚。最悪だ、本当最悪!エレンくんの反応からして、きっと額においた手はもう無意味なんだろう。しぶしぶ手を下ろして深いため息をつく。
「ごめん、わかってるからそんな目で見ないで。見なかったことにしてね」
「………かわいい」
「え?」
「……似合う」
「は?」
え、今なんと。かわいい?似合う?なに、それ。
「て、ああ何言ってんだよ俺!」
私が固まっていると、耳まで真っ赤にしてへなへなと座り込んでしまった彼。それを見て、もう切りすぎた前髪なんてどうでもよくなった。
「、名前」
「ふふ、ありがとうエレンくん」
頬に集まる熱が、じんわりと全身を駆け巡る。
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