クラスの人数の関係で、月に一度くらいのペースで回って来る、日直という業務。今日のそれを担当することとなった、俺と永藍は、放課後の教室に二人で残って仕事をこなしていた。
(と言っても、そのほとんどは休み時間に終わらせていたため、現在残っているのは、日誌の記入と提出のみなのだが)
日誌はわたしが書くよ、と言ってくれた永藍の厚意に甘え、俺は彼女の向かいの席に座り、終わるまで待つことにした。
(流石に、任せて帰るなんてことはできない)
さらさらと日誌の上を滑らかに走るペンを、ぼーっと目で追う。動きもさながら、そこに書かれる文字もきれいで、ついつい目が離せなくなる。
「…今日、四限なんだったっけ?」
突然俺の方を見るまっすぐな目に、胸のあたりがざわついたのを感じた。何なんだろう、この感情は。最近の俺はどこかおかしい。
「…練くん?」
「ーーーーーっ、すまない、」
俯いて、彼女の視線から目を逸らす。けれど、心臓の高鳴りは収まらぬままで、いつもより圧倒的に速いそれに眩暈さえ覚えた、ような気がした。
「…謝らなくても、いいのに。」
柔らかく、囁くように紡がれた言葉に顔を上げると、困ったように笑う彼女と視線がぶつかった。どくん、心臓が更にうるさく、存在を主張するように鼓動する。
「…変な顔、」
「え…」
「眉間に皺、寄ってるよ。」
くすりと笑いながら、持っているペンで俺の眉間をつついて示す。子供っぽい仕草とあどけない表情が、色濃く脳に焼き付く。触れられた部分が、ほんのりと熱を持った気がした。
なんとなく気恥ずかしくなって、少しだけ視線を逸らす。永藍が手に持っているペンについているマスコットが、ゆらゆらと揺れているのが見えた。
「……………………?」
ふと違和感を感じて、そのペンを凝視する。ピンク色を基調とした女子が好みそうなデザインに、有名なキャラクターのマスコットがぶら下がっている。何の変哲もない、どこにでもありそうなただのペンだ。
「…練くん?」
「………………あ、」
違和感の正体に気づいた俺は、自然と小さく声を漏らしていた。おかしいと思ったのはペンではなく、それを持つ手の方。
「…左利き、だったか?」
「……………?…ああ、」
いつもは持っていない、左手にペンを持っていた彼女。薬指には、今日も変わらず華奢な指輪が光っている。
「実はもともと、左利きなんだ。でも不便だから右に直そうと思って、授業中とかは意識して右で書くようにしてるの。…早く字を書きたい時は、こうして左使っちゃうんだけどね。」
ペンを机に置いて、ひらひらと左手を振る。窓から差し込む夕日の光が、キラリと指輪に反射する。
「ーーーーー練くん?」
「あ……っ、」
気づけば俺は無意識のうちに、その左手を取っていた。自分のものとは違う、柔らかい感触に、はっと我に返る。
「…っす、すまない…」
なんてことをしているんだ、俺は。無意識とはいえ、交際もしていない女子の手を勝手に取るなど、不躾にも程がある。
離そうと指から力を抜くと、俺の意に反するように、永藍がぐっと力を込めて俺の手を握った。
「…っ、永藍?」
「…どうして、離すの?」
「どうして、って…」
ならば何故離さないのだと、逆に問いたい。だって、おかしいだろう。こんな状況、ありえない。ただのクラスメートと日直で居残りをして、二人きりの教室で手を握り合っているなんて。
「…練くんから、握ったんだからね。」
「永藍っ…」
「今さら…離すなんて、許さないんだから。」
ふ、と口元を歪めて、まっすぐに俺を見つめる永藍。そこから目を逸らすことも、彼女の手を払いのけることもできない俺を、机に置かれたペンのマスコットが見ていた。
左手でペンを持つ