「…あれ…」
いつもよりふわふわのベッドで目を覚ましたわたし、寝起きで曖昧な思考に、目に映る見慣れない風景が加わって更に戸惑いが生まれました。
「えっと…わたし…」
…ああ、そうでした。交通事故に遭って、5日間の猶予をもらって、知らない世界に来て―――――
「あれ…ジュダルくん…?」
一人で寝るには広いベッドの端から端を見渡しても、昨日わたしを拾ってくれた彼の姿はありませんでした。
「…どうしよう…」
ここはジュダルくんの部屋なので、彼の許可なしに勝手に物を触るわけにもいかないし、かといって、ここを出たところでわたしに行く宛なんかありません。
(昨日ここにきたばかりだから、当たり前なのでしょうけど)
とりあえずもう一度、柔らかなベッドに身を沈めて目を閉じてみます。
眠気はだいぶ抜けていたけれど、やはりふわふわのベッドの魅力には勝てず、意識が段々と眠りの世界に引きずり込まれていきました。
―――――…
『…あと、4日だ。』
夢なのか現実なのかわからない微睡みの中、わたしに5日間の猶予を言い渡した時と同じ声が聞こえました。
「…あなたは、誰ですか?」
声はすれど姿は見えないそれに向かって、わたしは思わず問いかけます。
『誰でもない、我はあるようでない存在なのだ。』
「あるようで…ない存在…?」
『生と死を司るだけの、ただの意志だ。故に体も存在もない。』
「…よく、わからないです。」
『貴様の知りえる言葉で表すならば…そうだな、死神、とでも言えばいいか。』
「…死神…」
少しだけ聞き覚えのある単語に、なんとなく納得がいった。そもそもわたし自身が魔法が存在する異世界なんかに来ているのだから、今さら死神なんて言われたところで、驚く必要も疑う必要もないのだけど。
「…4日後には、わたしはいなくなるんですよね?」
『そうだ、向こうの世界からも、こちらの世界からも消える。』
「…どうしてわたしを、この世界に?」
ずっと感じていた疑問を投げ掛けると、ふっと息を吐くような柔らかい笑い声。
『事故で死んだはずの貴様が元の世界で甦っては、矛盾が生じるだろう。』
「はあ…」
『それに…平凡に生きて死んでいくよりも、少しだけでも刺激的な経験をした方が面白いだろう。』
「…ジュダルくんと同じようなこと言うんですね。」
脳裏によぎったのは、わたしに手を差し伸べてくれた、無邪気な彼の笑顔。わたしが死ぬまでに、いろんなものを見せてくれるって、面白いことを教えてくれるって、そう言ってくれたジュダルくん。
…そうだ、そういえばジュダルくんは、どこに行ったんでしょう。もう一度目を覚ましたら、そこに彼はいるのでしょうか。
『…あと4日だ、それまでせいぜい愉快に暮らすんだな。』
「…愉快にって…」
『また会おう、―――――なまえ。』
―――――…
「…あ、れ…?」
ふわふわしていた意識が、急に何かに引きずられるみたいな感覚がして、わたしは目を覚ましました。
…なんだか、不思議な夢を見ていたような気がします。だけどどうしてか、頭にもやがかかったみたいになって、よく思い出せません。
「…あれ…ジュダルくん?」
目を覚ませばいるかと期待した彼は、そこにはいませんでした。相変わらず見慣れない部屋の景色だけが、わたしを取り囲んでいます。
「…わたし…ジュダルくんがいないと…」
どこへも行けないし、何もできないんだ、って気づいてしまった。いやまあそれは、ここの世界をよくわかってないから、なんでしょうけど。
「…ジュダルくん…」
心細くなって彼を呼んでも、返ってくるものはありませんでした。上掛けをぎゅっと握りしめて、立てた膝に顔を埋めて目を閉じる。闇、闇、暗闇、どうしたらいいのかわからない、真っ暗な世界。
昨日会ったばかりの人をここまで恋しいと思うなんて、でも頼れるのがジュダルくんだけだから、それもそれで仕方ないのでしょうか。
寂しいとも不安とも言い難い感情がぐるぐる渦巻く中、ジュダルくんの帰りを待っていたけれど、外が暗くなって、夜が明けるまで待っても、その日ジュダルくんは帰って来ませんでした。
まちぼうけのあさ