人生、何がきっかけで転機が訪れるかなんてわかりません。今までもそう理解はしていました。




だけどいざ実際に事が起こると、人は慌てるものだと、今のわたしは如実に物語っています。




「―――――お前、誰だよ?」




「…えっと、あの、」




今わたしは、見知らぬ男の子の上に乗っています。所謂馬乗りというそれです。




一体何故こんなことになったのか、わたし自身あまりよくわかりません。えーっと、たしか、わたしは、




『―――――お前に5日間だけの、命の猶予を授けよう。』




「…あ、」




そうか、わたし車にはねられて、死んじゃって、それで、




…それで、どうしてこんなことになっているのでしょうか。
(思い出しはしたけれど、よくわからないままです)




「…お前、」




「ほ、ぇ?」




「お前のまわりにいるルフ、変だぞ。」




「ル、ルフ?なんですかそれ?」




「はぁ?」




わたしの下にいる彼は顔をしかめて、じっと睨み付けてくる。こ、怖いこの人…わたし何もしてない、のに。




それがなんだか悲しくて、視界が歪んで、歪んで、




「…何泣いてんだよ。」




「え、ぅ、」




涙でぐにゃぐにゃに揺れる視界に、男の子の呆れたような表情が映り込んだかと思うと、男の子らしい大きな手が伸びてきて、そっと目尻から涙を拭ってくれました。




「めんどくせーから泣くな。」




「あぅ、う、すみませ、」




「あと早く降りろ。」




「ぐずっ…はい、」




尚もぽろぽろとこぼれる涙を袖で拭い、のろのろと男の子の体から降りて、地面にぺたりと座り込みました。




彼の赤い目がわたしをじいっと見つめてきて、ちょっと乱暴に頭をがしがし撫でてくれました。
(か、髪の毛がくしゃくしゃに…)



「…お前、名前は?」




「…なまえ、です。」




「なまえな、俺はジュダル。」




「ジュダル…くん…?」




聞きなれない、変わった響きの名前。そういえば、着ているお洋服もなんだか、個性的です。
(おへそ出てますし…)




「なんでいきなり上から降ってきやがったんだよ。」




「わ、わたし降ってきたんですか?ジュダルくんの上に?」




「…お前、まさか何も覚えてねーの?」




「いえ…そういうわけじゃ、ないんですけど…」




とりあえず、今の自分が持っている情報を、頭の中で整理しつつジュダルくんに話してみました。




交通事故でわたしが死んでしまったこと、5日間だけ猶予をやると言われたこと、そして気づいたらジュダルくんの上に乗っていたこと。




ジュダルくんは、ほーとかへーとか曖昧な返事をしながらも、ちゃんと聞いてくれました。
(たぶんですけど)




「じゃーお前、どうやってここに来たのかわかんねーのかよ?」




「はい…そういうことになりますね。」




「ふーん…」




気の抜けたような返事をして、わたしの目の前にしゃがみこんだジュダルくん。頭のてっぺんから足元まで、わたしをじろじろ眺めています。




「…やっぱ変だな、お前のルフ。」




「はい?」




「もーすぐ死ぬからか?…わかんねーけど、変。」




わ、わけもわからずに変だって言われてしまいました。それに…ジュダルくんがさっきから言ってる、ルフって何なんでしょうか。ぼんやりする頭であれこれ考えていると、急に両肩を掴まれて顔を近づけられました。真っ赤に輝く瞳は、わたしを映してきれいに揺らいでいます。




「へ、あの、ジュダルくん?」




「…お前、煌帝国って知ってっか?シンドリア、バルバッド、チーシャン、パルテビア、ササン、マグノシュタット…どれか一つでも知ってる国あるか?」




「…え?」




聞き慣れない言葉たちに思わず首を傾げてしまいました。…なんだかどれもこれも、呪文みたいです。




「あー…やっぱいいわ。変だと思ったらお前、たぶん異世界から来てんだな。」




「い、異世界…?」




今の会話から何を理解したのかわかりませんけど、ジュダルくんは一人で納得していました。うんうん頷きながら、わたしの頭から足元までを、さっきとは少し違う目で見ています。




「来た方法がわかんねーなら、当然帰り方もわかんねーよな?」




「えと、あの、」




「…とにかく、ここはお前のいた世界とは全然違う世界なんだよ。んで、お前は死ぬまでの5日間、この世界で過ごさなきゃいけねー。」




「…はあ…」




「たぶんお前のルフが変なのも、この世界の人間じゃねーからだろ。」




頭の悪いわたしにもわかるように解説してくれたジュダルくん、ありがたいですけど…でもだからって、これからどうすればいいのでしょう。




心が戸惑いに満ちている中、目尻に残っていた涙がぽたりとこぼれ落ちたのだけがわかりました。











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