いつわたしが消えるのか、どうやってわたしがいなくなるのか、あの死神さんにはちゃんと聞いていませんでした。だけど最後の日になって、夜を迎えた今、なんとなくわかった気がします。きっと、眠って、朝になったらもうわたしはそこにはいないのでしょう。漠然とそんな気がしています。
「…なまえ?」
いつもとは違って頼りなげな声で呼ばれたわたしの名前、振り返ってジュダルくんを見ると、常に強気だった赤い瞳が、不安げにゆらゆらと揺れていました。
「ジュダルくん…」
大きなベッドに潜った彼はなんだか泣きそうで、まるで子供みたい、なんて思いました。
今日で最後、もうすぐわたしはいなくなる、こんなジュダルくんを見れるのも、もう。
「…寝ましょうか、」
ジュダルくんが潜っているベッドに身を沈めて、ゆっくりと体を丸めて目を閉じる。
ふわ、と何かが覆い被さってくる感覚。目を開けて視線を巡らせると、すぐ近くにジュダルくんの体。
「…ジュダルくん…?」
ぎゅうっと痛いくらいに抱きしめられて、息ができなくなっちゃいそうです。苦しい、だけど離さないでほしい、なんて我が儘でしょうか。
「ホントに…いなくなんのかよ…?」
弱々しいジュダルくんの声が鼓膜を震わせて、涙腺が刺激される。ツンと鼻の奥が痛くなって、視界が歪んで、頬に涙が伝ったのを感じました。
「お前は今、たしかにここにいんのに…こんなに近くにいて、あったけーのに…俺は全身でお前を感じられんのに…。」
「ジュダルくん…」
震える彼の腕にそっと手を添えて、男の子らしく逞しい胸板にそっとおでこをくっつけてみる。とくん、とくん、心臓が動く音。ジュダルくんが生きている音が聞こえました。
「…わたし…ジュダルくんに会えてよかったです。」
涙は止まらない、でももうこれで最後だから、思い切り泣いてしまいたい。本当は最後なんて思いたくないですけど。
「あの時…落ちてきたのがジュダルくんの上で、本当によかった…。」
あの日約束した通り、きれいなものや素敵なことをたくさんわたしに教えてくれたジュダルくん。無邪気で子供みたいなのに、とっても思いやりのある人。
知らない世界に来て不安だったわたしを、強い意思で導いてくれた。泣いてる時には慰めてくれて、楽しい時には一緒に笑ってくれて、ジュダルくんがいたから、この5日間が終わってほしくないって思うくらい、きらきらしたものになったんです。
目を閉じて想いを噛み締めていると、頭の上からそっと息を吐く音が聞こえて、ジュダルくんがぽつりと、俺は、って呟きました。
「…最初は、変なルフ連れてる女だなーって思った。異世界から来たってわかったら、おもしれーって思って、興味本意でお前と一緒にいること決めた。」
だけど、って言葉を区切ったジュダルくん。手をそっとわたしの濡れた頬に添えて、上を向かせる。赤くてきれいな目に見つめられて、心臓がどくんと跳ねたのがわかりました。
「気づいたら、お前のことほっとけなくなってて…笑ってる顔が見てーとか、泣かせたくねーとか、そんなことばっか考えてた。」
「ジュダルく…」
こつん、額と額がくっついて、ジュダルくんがとっても近くなりました。長い指が目尻に残っていた涙をそっと拭ってくれて、苦笑するみたいに目が細められるのが間近で見えます。
「なあ…この気持ち、なんてーの?」
胸が苦しい、悲しくてつらいけど、甘く痺れるみたいにじんじんとします。
「…好き、ですよ、ジュダルくん…。」
それはわたしの想いを伝えるつもりの言葉なのか、ジュダルくんの問いに答えるための言葉なのか、わかりませんでした。
「…ああ、そっか。俺も……………」
そこから距離が更に縮まって、ジュダルくんの匂いを感じたら―――――
柔らかく、唇が重なりあって、そっと離れていきました。
頭をそっと撫でられて、優しい手つきに意識が持って行かれそうになって、
「―――――好きだ、」
そのジュダルくんの声を最後に、目の前が真っ白に染まって、意識が飲み込まれたのです。
―――――…
目を覚ますと、もうなまえの姿はなかった。不自然に空いた一人分のスペースと、微かに残るぬくもりだけが、あいつがここに確かにいたと証明するものとなっている。
「…っ、くそ…」
今もまだ、握った手の感触がはっきり思い出せる。触れた唇の温度も、ジュダルくんって呼ぶ声も。それなのにあいつはいない、あいつの存在だけがここにない。
「なまえ…」
込み上げてくるやるせなさを圧し殺すように、柔らかなベッドに拳を突き立てた。
やさしいてのひら