「おーい、なまえー?」
「んむぅ…」
「起きろよー、朝だぞー。」
「ふ、ぁ…朝?」
ぼんやりする思考がその声で段々はっきりしてきて、重たかった瞼がゆっくりと開く。
「―――――!ジュ、ジュ、ジュダルくん!!?」
目を開けて最初に見えたのは、昨日ここにはいなかったはずのジュダルくんのお顔でした。お前起きんのおっせーよ、なんて毒づきながら、すごく楽しそうに笑っています。
(ていうか、近、近いんですけど…!)
「なん、ジュダルく、昨日、いつ、わたしっ、」
「何言ってっかわかんねーよ、一個ずつ喋れ。」
「あ、うぅ…」
一日ぶりに見たジュダルくんの顔にほっとして、目頭が熱くなって、視界がじんわりと滲んでいく。あれ、わたし、泣いて、る?
「…どうしたんだよ、」
ジュダルくんは目を見開いて驚いた表情、それはそうですよね、目覚めていきなりジュダルくんの顔見て、泣き出すんですもん。
「…っ、お、かえり…なさい…。」
震える唇がやっと発した言葉はそれだけでした。どこに行ってたんですか、待ってたんですよ、わたし何してればよかったんですか、いつ帰ってきたんですか。言いたいことはいっぱいあって、頭の中でぐるぐる混ざっていくけれど、結局はジュダルくんの顔が見れて、すごく安心していたのです。
「あー…泣くなよ…」
涙を流すわたしを見て、困った顔をするジュダルくん。泣き虫だなお前、って呟いて、ちょっと乱暴に頭を撫でてくれました。あの時と同じ、この世界に来たばかりで、何もわからず戸惑っていた時と、同じ手つきで。
「…ただいま。」
柔らかく笑ったジュダルくんは、わたしが泣き止むまで、ずっとそうして頭を撫でていてくれたのでした。
―――――…
「…それにしても、本当にどこ行ってたんですか、ジュダルくん。」
顔を洗わせてもらってさっぱりしたところで、感じていた疑問を吐き出してみました。丸一日も何も言わずにいなくなるなんて…たぶん相当大事な用があったのでしょう、と思いながら。
「ん?まあちょっと野暮用でな…そーそー、これお前に。」
「へ?」
ジュダルくんが差し出してきたのは、見たこともない(恐らく)果物がたくさん詰まった篭でした。甘酸っぱいようないい匂いが、鼻と胃の辺りとを同時に刺激して、空腹感が一気に込み上げてくる。
(そういえばわたし、ここに来てから何も食べてない…)
「うまそーだろ?」
「はい…それに、いい匂いもしますね。」
「用事のついでにメガネに買わせたんだよ。そーいやお前に何も食わせてやってねーと思ってさ。」
「買わ…………メガネ?」
気になるワードが二つも出てきましたけど、まあ敢えて突っ込まずにいきましょう。とりあえず言えることは、メガネさん感謝します、ということだけです。
「…これ、生で食べていいんですか?」
「おう、そのまんま齧るのが一番うまい。」
「いただいていいんですか?」
「腹減ってんだろ?早く食えよ。」
「…いただきます。」
一つだけ手に取って、そっと一口齧ってみた。匂いの通り甘酸っぱい、だけど今まで食べたことのない味。柔らかい果肉と零れそうなほどの果汁、瑞々しいのに濃厚な風味。おいしい、空腹だということを除いて考えても、素直においしいと言い切れます。
「…お、いし…ジュダルくん、おいしいです!」
「だろ?お前そーゆーの好きそうだなーと思って。」
「…ありがとう、ございます。」
おいしかったのももちろんですが、何よりジュダルくんがわたしのためを思って、これを選んで買って来てくれたのが嬉しくて仕方ありませんでした。
「…約束したからな、」
「え?」
「うまいモンも食わせてやるし、いろんなもの見せてやるって言っただろ。」
「…ジュダルくん…」
離れてた一日は寂しかったけれど、こうしてジュダルくんが帰ってきてくれて、すごく安心しました。
それに、そばにいなかった時にもわたしのことを考えてくれたのを、心から嬉しく思ったのです。
「それ食い終わったら、また絨毯乗って出掛けんぞ。行きてーとこ考えとけよ。」
「ええっ、行きたいところって言われても…」
無邪気なジュダルくんの笑顔に高鳴った胸は、わたしが食べた果実のように甘酸っぱく痺れていました。
あのひのやくそく