「…マスルール?」
朝、いつも通りの時間に家を出ると、玄関先にマスルールが立っていた。
(え、え、なんで?どうして?)
「…迎えに、きた。」
「え、あっ…ありがとう…。」
思いがけないサプライズに、恥ずかしくなって思わず俯くと、マスルールの手がわたしの鞄を持っていない手をそっと取るのが視界の端に映った。
「―――――行くぞ、」
「あっ、う、うんっ。」
手を繋ぎながら、一緒に学校へ向かう。慣れない感覚がなんだかむず痒いような、嬉しいような…。
(でもやっぱり、嬉しいの方が強い気がする)
相変わらず口数は少ないし無表情だけど、それでもそんなところが好きだし…って、朝から何考えてるんだろう、わたしったら。
「―――――マスルールさん?」
「ん?あれ、フロラさん?」
「へ、あ、えっ?」
いきなり声をかけられて振り返ると、そこにいたのはリセちゃんと、この間マスルールと中庭で喋っていた女の子だった。
(うぅ、や、やっぱり可愛い…)
「おはようございます、フロラさん。…それ、彼氏ですか?」
「え、あ、あのねっ、」
「…マスルールさん、その方は…?」
リセちゃんからの質問にわたしが一人でテンパっていると、赤い髪をした彼女は切れ長の瞳でじいっとわたしを見ていた。
「…フロラだ、」
「フロラさん…」
確かめるようにわたしの名前を呟いて、ぺこりとお辞儀をする彼女。何故かつられて、思わずわたしもお辞儀してしまう。
「ええと…初めまして、だよね?」
「はい。」
「お名前、聞いてもいいかな?」
「モルジアナです。」
「…モルジアナちゃん…」
「…俺の従兄妹だ。」
「へ?い、従兄妹?」
そう言われれば確かに、整ったお顔立ちはマスルールによく似た無表情で、目許も似てるし髪の色も同じ。更に言ってしまえば、寡黙なところまでそっくりだ。
「な、んだ…そうだったんだ…。」
それがわかると、嫉妬に狂っていた三日前の自分が途端にバカらしく思えた。よく見ろ三日前のわたしよ、二人はそっくりだよ。ああもう、なんだか恥ずかしい。
「フロラさんのお話は、リセさんからもマスルールさんからも、よく伺ってます。」
「え、ちょ、」
ふ、二人ともわたしのことを何て言ってるんだろうか。気になる…変な風に言ってないよね?わたし変な人だと思われてないよね?大丈夫だよね?
「わたしは別に変なことは言ってないですよ、緑化委員の先輩で、背が低いってことだけで。」
「そ、そう…?」
背が低いって言われてるのも複雑と言えば複雑だけど、まあでもそれくらいならなんとか許容範囲、である。
(ていうかさりげなく、リセちゃんに心読まれた…?)
「…マスルールは?わたしのこと何て言ってた?」
ちらりとマスルールを見てから、モルジアナちゃんに訊ねる。…今気づいたんだけど、モルジアナちゃん、わたしより若干背が高い…ちょっとショックだ。
切れ長の目がぱちぱち瞬いて、モルジアナちゃんはわたしに向かってはっきり言う。
「―――――可愛らしい方だと、言っていました。」
「へ?」
唖然、という言葉が一番ぴったりだと思う。言葉が脳に届いて一瞬わけわからなくなって、意味を理解した瞬間、顔がかあっと熱を帯びた。
「か、かわっ…!」
あ、あのマスルールが?わたしのことを可愛いって、可愛いって…何それ!もうなんだか嬉しいやら恥ずかしいやら、よくわからない。
(あああああ!ほっぺたが熱い!)
「…何二人して照れてるんですか、もう。」
「へ?ふたり…っ?」
リセちゃんの言葉に反応して顔を上へ向けると、きっとわたしに負けてないだろうってくらいに、マスルールの顔も赤かった。
「あーあ、いいなあ、青春ってカンジで。」
「リセちゃんっ…、」
「邪魔しちゃ悪いんで、先に行きますね。…行こ、モルちゃん。」
「…はい。」
モルジアナちゃんは軽く会釈をして、リセちゃんと一緒に先に行ってしまった。
残されたのは、情けないくらいに真っ赤になったわたしとマスルールの二人だけ、で。
「…フロラ、」
「は、はいっ。」
「俺たちも、行くぞ。」
「う、うん…。」
繋がれたままだった手を引かれて、再びマスルールと並んで歩く。心臓はドキドキ煩くて、手から鼓動が伝わらないか、音が聞こえてしまわないか心配になる。
「…さっきの、」
「へ…っ?」
「…嘘じゃ、ない。」
「な、何がっ?」
「…可愛いと、思ってる。」
「―――――!」
まだまだわたしたちは始まったばかり、これから二人でいろんなことを感じて、こうやって一緒に歩いていきたい。
…とりあえずまずは、学校に着くまでにこの頬の熱が冷めてくれることを願います。
君と恋する一週間!
〜fin〜