「…あなたたちは、二人して鈍感なんですか。」
とある日の放課後、部費のことで生徒会室を訪ねたわたしは、何故かジャーファル先輩に第一声から罵られた。
(わ、わたしまだ失礼しますしか言ってないのに!)
「…あの、ジャーファル先輩、なんのお話でしょうか?」
「シエナから聞きましたよ、…随分めんどくさい恋愛してるようですね。」
「(何言ったんだシエナちゃん!)」
いつもめんどくさそうにパンを食べてる友人の姿が脳裏に浮かんだ。…そういえば彼女も生徒会役員だったか。
別にシエナちゃんが口が軽いわけではない、と思うけど、ジャーファル先輩が絡むとあの子は非常に厄介なのである。絶対服従というか、ジャーファル先輩至上主義というか。
(まあとにかく、何か質問されればあっさり答えてしまうであろうということが、容易に想像できる)
「あの…シエナちゃんが何を言ったか知らないですけど、わたし別に恋なんてしてないですから。」
「…まさか、本当に自覚がないんですか?」
ジャーファル先輩が信じられない、とでも言うような目でわたしを見てくる。こ、怖い…この人の目力怖い!
「あなたといいマスルールといい…もうちょっと自分の気持ちをしっかり理解しなさい。」
「…あの…マスルールは関係ないんじゃ…」
「関係大有りです!…ああもう、どうして二人してこうも…」
腕組みしながら、何やらぶつぶつ呟いているジャーファル先輩。…わたし、怒られに来たんじゃないんだけどなあ。
「…いいですかフロラ、」
「はっ、はい?」
「マスルールが何かのテキストを運ぶのを手伝ってくれたそうですけど、」
「数学のです。」
「そんなことは聞いてません!…もしもですよ、それを手伝ったのが私だったらどうしますか?」
「…え…」
ついこの間、マスルールが助けてくれた日のことを思い出す。わたしが重たい荷物持ってたのを、ぶっきらぼうな彼らしく支えてくれて、しかも代わりに運んでくれた。
…もしもあれが…ジャーファル先輩だったら…
「シエナちゃんに土下座しますね。」
「…はい?」
「あ、いえ、あの、えっと、」
いけない、つい本音が出てしまった。だってシエナちゃんを差し置いてわたしがジャーファル先輩に助けてもらうなんて、そんなバカな。
(わたしは友達の好きな人を取る趣味はないよ)
「…まあ、ありがたいなーと思うんじゃ、ないですかね?」
「そうでしょうね。…しかし次の日に友人に自慢するほど、嬉しいと思いますか?」
「いや、別に自慢したわけじゃ…」
そう言いながら、心に何か引っ掛かるものを感じた。たしかに他の人でもすごくありがたいとは思うと思う。でも、こんなにもずっと心に残るものだろうか。
水やりの最中にぼーっとするほど、そのことを考えたりするだろうか。
「…せんぱい、」
「はい?」
「…これ、なんていう感情ですか?」
マスルールのいつもの無表情が、頭に貼り付いて離れない。心臓が焼けるみたいに熱くなって、鼓動が速まる。
ジャーファル先輩はわたしの様子を見て、全てを悟ったのか、にっこりと微笑み、言った。
「…恋、ですよ。」
自覚した木曜日