好きだった、ずっと。いや、好きだったじゃない、本当は今でも好きなんだ、どうしようもないくらい。
「…無理だよ、」
いつの間にか追い抜いた背丈、昔はこんなに低い位置にこいつの頭はなかったはずだ。
「士道、」
甘い呼び声、昔と変わらない、幼い頃からの呼び方、声のトーン、何もかもが全部。
「わたしなんか見てちゃダメ、」
ぽろり、涙が大きな瞳からこぼれ落ちた。
「なまえ、」
「お願い、士道、」
なまえの両手で俺の左手を包まれる。痛みはない、こいつはちゃんとわかってる、どうすれば俺の怪我が痛まないかを。
「わたしなんか見ないで、前だけずっと見ててよ。まっすぐ前を見て、竹刀を振るっていて。」
「…なまえ…」
「…そうしたら、わたし…」
そこで言葉に詰まるなまえ、泣いている、いや正確には泣くのを堪えている。
昔っからそうだ、変に気を遣って、我慢ばかりして、こいつは。
「…士道の後ろをついていくから、邪魔にならないように、絶対に置いていかれないように、ついていくから。」
「…………………」
俺はお前のそういうとこが嫌いだ、だけどでも、嫌いなとこも含めてお前が好きだって言い切れる。
「…嫌だ、」
「え…」
「後ろじゃ嫌だって言ってんだよ。」
自由がきく右手でなまえを引っ張る、ふらりとバランスを崩して、俺にもたれ掛かる体勢になった。
「しど、」
「後ろじゃ俺から見えない、」
いつもそうだった、俺に遠慮してるのかなんなのか、一歩下がってバカみたいにくっついてきて。
いい加減その距離には飽きたんだよ、わかれよバカ野郎。
「好きだ、」
「―――――っ…」
「俺がよそ見するのが嫌なら、お前も隣で俺と一緒に前見てろ。」
「…何それっ…」
なまえの両手から力が抜けて、俺の左手も自由になった。
抱きしめてやることはできないから、そっと背中に手を添えて、あやすみたいに擦る。
「ずるいよっ…」
「ああ、」
「士道はっ…ずるい…。」
「そうか。」
「なんで…そんなこと、言うのっ…。」
嗚咽が胸元に吸い込まれて、心臓に直接響く。涙がブレザーに染みて、そこだけ色濃く染まった。
「…すきっ…」
「…ん、」
「ずっと好きだよ…士道が好きなの…。」
「…泣くな、なまえ。」
「…と、なりっ…歩いていいのっ?」
「ああ。」
「わたしっ…邪魔じゃない?」
「邪魔じゃない。」
「…っ、」
ぐす、と鼻を啜る音。ゆるゆると顔をあげて、上目使いで俺を見るなまえ。
「…だいすき、」
「ん、」
「ずっと、ずっと…一番近くで士道を見てる。」
「ああ。」
俺の後ろから一歩進んだ距離―――――もう幼なじみじゃない、隣を歩く一番近い関係。
飛び越えた境界線
Title by:泪雨