彼は天使なのだと、そう思った。




きらきらした笑顔で、ひどく楽しそうに自転車を漕いで坂を登るその姿は、天国へと帰っていく天使の姿に重なった。高く登れば登るほど嬉しそうに笑って、速度が上がれば背中には羽さえ見えて。




きっと真波は、天使なんだろう。いつか彼は自転車を漕いで坂を登るふりをして、その自転車は急に浮き上がり、飛んで雲間へと消えていくのだ。




「…ねえ真波、天国に帰る時はわたしも連れて行ってね。」




眠たそうな目をした真波が、目線だけをこっちにやってわたしを見る。青い澄んだ瞳は、まるで果てしない空のようにきれい。そうか、真波は空で生まれたから目も空の色なんだね。




「…それ、一緒に死のうってこと?」




くぁ、と欠伸をしながら、真波はゆるく問いかけてくる。本当に眠たそう。だけどきっと、わたしの話を聞くために起きていてくれてるんだろう。優しい真波、なんて愛おしい。




「違うよ、真波は天使だから、いつか天国に帰っちゃうでしょ?その時はわたしも連れて行ってねってこと。」




「…そう、なまえは俺と一緒にいたいんだね。」




横たえていた体を起こした真波、んーって伸びをしてまた欠伸を一つ。二回の欠伸で目元に涙が浮かんでいて、青い瞳がうるうると揺れている。




「寝ないの?」




「うん、気が変わったよ。」




ふわりと笑った真波は、わたしに体を預けてくる。突然のことに対応しきれなかったわたしの体は、真波を受け止め切れずそのまま後ろに倒れた。背中は痛いけど、後頭部は痛くない。どうやら真波が手を出して庇ってくれたみたいだ。




「何するの真波…痛いよ。」




「あはは、ごめんごめん。」




反省する気なんてないのだろう、のんきな笑い声が開いた口から漏れ出す。そよ風みたいに優しくて、ふわふわとしているように聞こえるのは、やっぱり真波が天使だからなんだろうか。




「ねえ真波、」




「ん?」




「…天国って、どんなところ?」




わたしの上に乗ったまま、真波はまたふわりと笑う。片手でわたしの頭をくしゃくしゃに撫でながら、そうだなあ、なんて少しだけ考えをどこかに巡らせる。




「なまえはさ、」




「うん、」




「ここが天国だったら、って考えたことはない?」




「…ない、なあ。」




不器用にわたしを撫でていた真波の手が、おでこにそっと触れる。前髪をさらさらと分けて、何故だかひどく嬉しそうに笑った。




「俺はね、たとえば空の上が天国で、そこに帰らなきゃならないとしても、ここにいることを選ぶと思うんだ。」




「…どうして?」




「天使は空の上の天国より、地上の天国を愛してしまったから…なーんてね。」




「真波にとって、ここは天国なの?本当の天国よりここにいたいと思えるくらい?」




「うん、山はあるし、なまえがいるからね。」




天国に帰りたくないから、俺天使をやめるよ、なんて優しい目をして真波は囁く。おでこに触れている手のひらは、大きくてあたたかい。




「真波、」




「ん?」




「…真波の羽は、わたしが折ってもいい?」




「いいよ、羽がなくても山は登れるからね。」




痛くしないでね、なんて笑う真波は、やっぱり天使なんだと思った。








使

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