※おんなのこのひのはなし




お腹にボディブローをかまされたかのような鈍い痛みが、断続的に走る。貧血も合わさって頭はふらふらするし、体に力は入らないし、吐き気までしてくる。ついでに言うと腰も重たい。なんなんだこれ、何重苦だよ。意味がわからん。




崩れ落ちそうな膝に無理やり力を入れて、壁を伝うようにして廊下をのろのろと歩く。目的地が果てしなく遠い…動きたくない。




「…いたい、よぅ…。」




いつも一緒にいるチェン姉妹曰く、おそらくわたしは重い方なのだ、とのことだった。




ーーーーーいや、体重が、とかではない。断じて違う。ジリアンもシャーリーンも細っこいのは認めるが、別にわたしだって太くはない、はずだ。…最近少し、お菓子を食べ過ぎているのは秘密。




けれどもそうではなくて、女子特有の痛み、所謂生理痛である。それがわたしは、他人よりやけに重いらしいのだ。…まあ他人といっても、ジリアンとシャーリーンに聞いただけなのだけれど。




「う…ううおおおぅ…」




独特の出血感覚、重りが付いているかのような腰、ぐわんぐわん痛む頭、力の入らない下半身。あ、なんかもうダメだ、限界かもしれない。無理、ほんともう無理。




ぺたん、とその場に情けなく座り込んだ。自分の部屋までもう少しなのに、もはやまったく動ける気配がない。痛くてダルくて、何もしたくない。生理痛おそるべし。




仕方ない、少しだけ休んで、それから動こう。それでもダメなら這っていく。決めた。




とん、と壁に背中を預けて、ゆっくり目を閉じる。別に眠いわけでもないのに、意識がだんだん遠のいていく。




「ーーーーー何をしている、」




近くで聞こえた声に、はっと目を開く。寝ていたわけではないのに、視界がぼやぼやと揺れている。それでもはっきりと認識できる、黄色い頭。ぴんと立った三本の触覚。




「れおん、」




なんとなく舌足らずな呼び方になってしまい、自分自身が一番戸惑った。人の名前さえしっかり呼べないくらい、わたしの体は無力なのか。なんてことだ。




「お前の部屋は、目の前だろう。こんなところで寝るな。」




「…おなか、いたいの。」




レオンの存在がだんだんはっきりしてきて、訝しげに細められた紫の瞳がわたしを映しているのがわかった。右腕を無理やり持ち上げて、レオンの腕に触れる。人に触れて安心したのか、はっきりしてきた視界がまた揺れ始めた。




「おなか、いたいよぅ。ひっく、うう、うええええん!」




「な…どうしたなまえ、」




「たてないのぉ、れおん、からだにちから、はいんないよぅ。おなかいたいぃぃ。」




小さな子供みたいにわんわん泣き喚くわたしを見て、レオンは狼狽えているようだった。ほっぺたにぼろぼろと涙が落ちていくのがわかるけれど、もはやわたしにはそれを拭う気力さえない。しゃくり上げればまたお腹が痛んで、その痛みにまた涙が出てきて。悪循環だ。




「…わかった、もう泣くな。」




「ひ、ぐず、うっ…」




「ほら、背負ってやるから、掴まれ。」




涙で揺らめいた視界に、白い背中が広がった。心配そうにこちらを振り返りながら、レオンはわたしに背中を向けている。おずおずと手を伸ばしてレオンに体重を預けると、あっという間に足を抱えられ、わたしの体は浮いた。




「んぅ、」




「大丈夫か、」




「ん、」




「少し揺れるぞ。」




「ん。」




レオンの肩あたりの服を、ぎゅうっと握る。わたしを気遣っているのだろう、レオンの動きはとてもゆっくりで、その揺れが心地よくさえ思える。




「…れおん、」




「どうした、痛むか。」




「ううん、ちがう。」




顔をレオンの背中にぴったりとくっつけて、レオンのぬくもりに甘える。密着してるから、お腹周りもレオンの体温でぽかぽかあたたかくて、少しだけ痛みが和らいだ。




「…ありがとう、ね。」




「…ああ。」




そのまま丁寧に部屋まで運んでくれたレオンは、あろうことかベッドにわたしを横たわらせてくれた。…気遣いは有難い、けどわたし今、夜用つけてないから、寝るのはちょっと。




「…う、レオン、」




「なんだ、どうしたなまえ。おとなしく寝ていろ。」




「あ、の…寝るのは、ちょっと…」




「なんだ、何か問題があるのか。」




「……………………」




言うべきか言わざるべきか、逡巡。別にレオンとは親しい間柄なわけだし、迷うことはないのだけど。やっぱりその、女の子としての恥じらいとか、わたしにもあるわけで。




…肌を見せ合った仲なのに、今さら気にすることもない、のかなあ。でもやっぱり、男の子にはないことだし、ううむ。あ、悩んだらまたお腹痛い。




「…あ、のね…」




「だからなんだ。」




「…生理、なんですよわたし。」




ぱち、と効果音がつくくらい、きれいに瞬きしたレオン。いやまあ、そりゃそうか。予想もしてなかっただろう、わたしが生理痛でへばっていたなんて。




「…生理、だと…?」




「うん、だからお腹…痛くてね…。」




「そ、そうか…。すまなかったな…。」




ベッドの縁に座ったレオンは、わたしの背中に手を添えて、そっと体を起こしてくれる。そのまま抱きすくめられるような形で、お腹と腰を撫でられた。




「…なまえ、」




「ん…?」




「その…生理痛というのは、みんなああなるものなのか。」




「ああなる、って?」




「…先ほどのお前のように、蹲ったり泣き喚いたり…」




「…え、いや、そんなことは…ないかと…」




ゆるゆるとお腹と腰を撫でていた手が止まる。少しだけ体が離れて、鮮やかな紫色に捉えられた。




「…お前だけが、あれほどに苦しい思いをしているというのか…?」




「さ、さあ…個人差があるみたいだから、それはなんとも…」




「…女とは、なかなかに苦労をする生き物だな。」




レオンは苦い表情をしたまま、ふうっとため息。かと思えば、優しい表情に変わって、わたしに顔を近づけてきた。




「…レオン?」




「…お前が泣くほどの痛みなど、なくなってしまえばいい…と言いたいところだが…」




ちゅ、と甘いリップ音がして、一瞬だけ唇が重なる。唇から全身に、ぶわっと一気に熱が走った。




「お前には、俺との子を産むという使命があるからな…。そのためにも耐えてくれ、なまえ。」




「…レオン…。」




「痛みを共有してやることはできないが…痛みが消え去るまで、俺がお前のそばにいよう。」




もう一度、唇が重なる。左手で後頭部を抑えて、もう片方の手はわたしのお腹に添えられる。舌がそっと唇をなぞって、わたしの口内に差し込まれる。




気がつけば、レオンから与えられる甘い痺れに、お腹の痛みは消し去られていた。













Title by:泪雨

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