思えば、俺の前でしか泣かないあいつの涙を、さして大したものじゃないと感じ始めたのはいつだったのか。




ぎゅっと唇を噛んで、俯いて泣くのを堪えている姿を、疎ましくさえ思い出したのは何故だったのだろうか。




「…トシキ、」




長いまつげを頼りなげに震わせながら、なまえは困ったように微笑む。泣きたいのに泣きたくない、そんなあいつの心情がそのまま映っているかのような表情だ。




「もういいよ、」




ゆっくりと伸ばされた手は、そっと俺の頬を滑るように撫でる。鬱陶しい、構うな、頭に流れる感情とは裏腹に、俺の手はなまえの空いている手を握った。




…何だ、何がしたい俺は。早く突き放せ、いつまでもこいつと共になどいられはしない。だから早く、早く、動け俺の体。




「わたしが悪いの…全部わたしのせいにしていいから。」




「…っ、」




ひゅ、と喉が鳴って、声にならない声が空気に溶ける。潤んだエメラルドグリーンの瞳の中で、俺が揺らいでいるのが見えた。




「ごめんね。」




ため息混じりに吐き出された一言は、冷たい刃の如く俺の心に突き刺さる。傷ついた、のとはまた違う感覚。言うならばそう、ショック、という言葉が最も近いのではないだろうか。




一体何が、こんなにも俺を揺さぶるんだ。こいつの言葉一つくらい、聞き流してしまえばいい。こいつがいなくたって俺は何も困らないし、一緒にいたところで俺には何のメリットもない。




そうだ、何を躊躇うことがある。捨ててしまえば、いい。なかったことにして、忘れて、全て。




「…っ、お前は、」




喉の奥に、熱くて苦いものが広がっていく。言葉が、声が、うまく出てこない。頭と体が別々に切り離されているかのように、まるで俺の言うことを聞かない。




「…黙って、俺のそばにいればいい。」




「ーーーーーっ、」




すう、と涙が頬に流れ落ちて、湿った道を顔に作り上げる。泣いているのに、まだなお困ったように笑うこいつを、俺はどうしたいんだろうか。




「…ごめんね、トシキ。」




胸に寄りかかってきたこいつを突き放すなど俺にはできないのだと、今度こそ悟った。










(手放す気など、初めからなかったくせに)




Title by:エバーラスティングブルー

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