犯罪じゃねえか、と目の前で呟いたのは、わたしの大好きな彼と同じ顔をした男の子。こちらの方が幾分かふてぶてしくて小生意気な態度ではあるのだが、如何せん血が繋がっているからか、なかなか彼も負けてはいないけれど。ちなみに嫌味ったらしさとか、人を小馬鹿にした言動は彼の方が少し上だ。…それでも、間違いなくわたしが好きなのはこいつじゃなく、同じ顔をした兄の方なのである。




「お前今年、いくつだよ。」




「凰壮、レディに年を聞くものじゃないよ。」




「来年就職?てことは22?俺らと10もちげーじゃん。引くわ。」




人の話聞けやコラ、そして年齢だけで引くんじゃない。仕方ないでしょう、年は取りたくなくても増えて行くものなんだから。肌年齢などの外見的な若さなら、お金でいくらでも買える。だけど実年齢だけはどうしようもないんだよ、わたしだって戻れるなら十代に戻りたいわこのクソガキ。




「大学とかに、いい男いねーの?そうじゃなくても、これから就職したら出会いなんかいくらでもあんじゃん。」




「…うるさい凰壮、黙ればか。」




そんなことはわかってるんだよ、頭ではちゃんと理解してる。何度も何度もやめようとして、合コンにだって行ったし、友達にも男の子を何人か紹介してもらったりした。でもダメだった、好きになれる人なんかいなかった。出会った人たちは、わたしの心を占め続ける彼の足元にも及ばなかったのだ。他の誰かとメールしてても電話してても一緒に出かけてても、わたしの脳内にはグラウンドでサッカーボールを蹴り続ける彼の姿が浮かんでばかりいて、結局うまくいかない、そんなことの繰り返し。




「…にしても、お前が竜持と、なあ…。」




オレンジジュースの入ったグラスをストローでかき混ぜながら、凰壮はぼやく。ちなみに、ここの会計はわたし持ちだ。…小学生相手なんだから、当然といえば当然だけど。




「釣り合わない、って思ってるんでしょ。」




「いや、別に。つーか、お前が竜持をそういう目で見てたことの方が不思議。」




お前から見たら俺らなんか、完全にガキじゃん、認めたくねーけど。頬杖をついて、チョコレートケーキをつつきながら、退屈そうに凰壮はそう言った。(行儀悪いな)




「…いや、うん…そうなんだけどね…」




「ま、どうでもいいけどよ。数年後に捨てられねーように、せいぜい若作りしてれば?」




ムカつくな、なんだこいつ。なんでこんなに偉そうなんだ。




…でもたしかに、凰壮の言うことは正しいんだ。




今はいいかもしれない、小学校高学年や中学生くらいって、年上の人になんとなく憧れたりするものだから。だけど数年後は、どうなんだろう。竜持が今のわたしの年になる時、わたしはもう30を過ぎている。そんな時になっても彼はーーーーー…今と変わらずわたしを好きでいてくれるのだろうか。




『好きですよ、なまえさん。』




柔らかく微笑んでそう言ってくれた竜持の姿が、ぼんやりと頭に浮かぶ。年相応とはお世辞にも言い難い、生意気で嫌味ったらしくて捻くれ者な彼が、素直にまっすぐ自分の気持ちをぶつけてくれた。あなたにはストレートに言わないと伝わりませんからねえ、なんて意地悪な言葉を添えることも忘れずに。




あの時の竜持の言葉を疑うわけではないし、簡単に心変わりするような人には見えない。だけど、どうしても怖くなるのだ。年の差があるって、そういうことだから。




「ーーーーーあ、」




「え?」




凰壮がマズイ、というような表情を浮かべて、わたしの背後を見る。どうしたのだろう、と振り返ってみると、




「何してるんですか?なまえさん、凰壮くん。」




そこには、にっこりと笑っている竜持が立っていた。いや、笑っているけど笑ってない。竜持のこの表情は、怒っている時のものだ。だから凰壮、あんな顔してたのか。




「僕に隠れて、二人っきりでお茶ですか?いいですねえ凰壮くん、だから今日はやけに早く自主練を切り上げたんですね。」




「り、竜持、違うの。わたしが凰壮を誘って…」




「へえ、なまえさんが?僕じゃなくて凰壮くんを誘うだなんて、何か大切な用でもあったんですか?」




「いや、あの…」




「それとも…浮気ですか?」




「なっ…!」




なんてことを言うんだこの子は!いや、むしろなんでわたしこの子にこんなこと言わせてるんだ!浮気って!いたいけな小学生の口から浮気って言葉が!(いたいけな小学生、という部類に果たして竜持が含まれるのかはともかく)




「ち、違うよ!うわ、浮気なんか、するわけないじゃん!」




「そうですね、なまえさんにそんな度胸があるとは思えません。」




「おいこら、どういう意味だ竜持。」




「ん?なまえさんが僕を大好きだってことですよ。」




ぱちり、と瞠目。いきなり何言い出すんだこの子、意味がわからない。わたしが竜持を好き、なのは間違っちゃいない。間違っちゃいないんだけど、どうしてそれを竜持本人がいけしゃあしゃあと言うのか。なんなんだ、余裕か余裕なのかこのやろう。




「…まあいいです、帰りますよなまえさん。」




「え、あ、ちょ、」




腕を掴まれて、無理やり椅子から立たされる。いつの間にかわたしのバッグは竜持の手に握られていた。ちょっと待ってくれ、と思いながら凰壮を見ると、オレンジジュースのストローを咥えたまま、ひらひらと手を振っていた。(この薄情者!)




わたしより幾つも年下なのに、強い力でぐいぐいとわたしを引っ張っていく竜持。そこはやはり、男女の差なのだろうか。掴まれている部分が、少しだけ痛い。




「竜持、あの、」




「言い訳なんて聞きませんよ。僕これでも怒ってるんですから。」




それは見ればわかるよ、だってさっきから不機嫌オーラ垂れ流しだもん。何をそんなに怒ってるの?わたしが凰壮と二人でお茶したから?でも別にやましいことなんて何もないし、第一竜持のこと相談してたのに。ああ、なんかもう、凰壮に申し訳ないことしちゃった。今度あった時に、またジュースでも奢ってあげよう。ごめん凰壮。




いろんなことに考えを巡らせていると、突然竜持の足がぴたりと止まる。不思議に思って、少しだけ高い位置にある竜持の後頭部を見上げると、突然ぐりんと、竜持が振り返った。




「わ、」




「…あなたは僕が、年上だからあなたのことを好きになったと思ってるんですか?」




そう囁くように言った竜持の瞳は、ほんの少しだけ寂しげに揺れていた。切り揃えられた前髪が風にさらさらと流れて、目元に濃く影を作る。




「竜持、」




「何年もすれば、あなたは大人の女性じゃなくて、年を取ったおばさんになる。だからその時僕が、あなたを捨てるんじゃないかと、そう思ってるんでしょう。」




どうしてこの子は、わたしの心を簡単に見透かすんだろう。まさかさっきの会話を聞いてたわけでもあるまいし、本当に何故。




「…だって、わたし…竜持より10も上なんだよ。」




「そうですね。」




「竜持はまだ、小学生なんだよ?これから中学に上がって、高校生になって、大学にだって行くかもしれない。」




「はい。」




「その中で…わたしじゃない誰かを好きにならないなんて、言い切れるの?」




じわ、と視界が滲んだ。悔しくて悲しくて、竜持との差がもどかしくて、どうしようもなかった。年上ぶりたいわけじゃないけど、こんな年下相手に情けない。でも本当に好きだから、竜持が離れてしまういつかの日が、怖くて仕方がない。




「…バカですねえ、なまえさんは。」




困ったように笑った竜持は、目尻に溜まったわたしの涙をそっと指で拭った。そのまま、自然な動作でゆっくり抱きしめられる。わたしを包む、とまではいかないけれど、体を預けられるだけの安心感が、その腕の中にはあった。




「僕に黙って、合コンに行ったでしょう?」




「…行った…。」




「友達に、男を紹介してもらったでしょう?」




「…もらっ、た…。」




「どうでしたか?僕以上に好きになれた人はいましたか?」




「…いなかっ、たよ…。」




どんなに竜持より背が高くて、どんなに竜持より明るくて話が合って、どんなに竜持より年が近くても、ダメだった。結局すべてを竜持に重ねて、わたしには竜持しかいなかった。




「だったら、わかるでしょう。僕だっておんなじです。」




これから先、どんな人に会ったとしても、どれだけその人がなまえさんより素敵な女性でも、僕にはあなたしかいないんですから。




柔らかく目を細めた竜持が、そっとわたしの前髪をかき分けて、額に唇を落とす。…こんな技、どこで覚えてきたんだ。




「竜持…」




「なまえさん、僕は前世とか運命とか、あまり信じないタチなんですよ。それでも、ああこれは本当かもしれない、って思った説が一つあるんです。」




くっついていた体が離れて、両肩に竜持の手が乗る。さっきより少しだけ遠い距離の先には、真剣な表情をした大好きな人がいる。




「人間球体説、って知ってますか?」




「人間…球体説…?」




「その昔、男女は一つの球体だったそうです。神ゼウスは球体に嫉妬し、二つに分けてしまった。それでこの世に生まれてきた男女は、自分の片割れを探しながら生きているんだそうです。」




「…片割れ…?」




「言うなれば、自分の半身ですね。生前引き裂かれた相手を、もう一つの自分を探すのだ、と。」




ぱちり、ぱちり、瞬きを繰り返すと、涙がするすると頬に流れる。こんな説を信じるなんて、僕はいつの間にこんなにロマンチストになったんでしょうね、と皮肉交じりに竜持が呟く。




「僕は、僕の半身はなまえさんだと思ってますよ。」




「わ…わたし?」




「この年にして、他の人と付き合うことなんか考えられないんですよ。どうしてくれるんですか?」




くすくす、と竜持が穏やかに笑う。その表情に、胸がきゅうっと締め付けられるような感覚がした。自分より一回り近く年下の子にこんな風にときめかされるなんて、どうしたらいいんだろう。




「…わたし、なんかで…竜持はいいの?」




「自分の半身に、いいも悪いもないでしょう。なまえさんは、もし自分の体半分が自分でない誰かのだったら、嫌じゃないんですか?」




「…それは、嫌だけど…。」




いくら自分に自信がないからって、体半分が別のものになるなんて嫌だ。わたしはわたしでありたいし、他人になるのだって真っ平御免だ。




「なまえさんがいいとか、なまえさんじゃ嫌だとか、そんな次元の話じゃないんです。なまえさんでなきゃダメなんですよ、僕は。」




「竜持…っ…。」




「ねえなまえさん、あなたも僕じゃなきゃ、ダメなんでしょう?」




はい以外の返事は聞きませんけどね、なんて竜持が笑うから、わたしも思わずつられて笑う。わたしの方が少しだけ早く生まれてきてしまったけど、もし片割れが本当に竜持なら、関係ないよね?年の差が気にならなくなる時まで、ずっとずっとそばにいてね。













Title by:エバーラスティングブルー

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