チン、と小気味いい音がして、稼働していた電子レンジが動作を止める。扉を開けると、ふわりと調理室いっぱいに漂う甘い匂い。見たところ焼け具合はちょうど良さそうで、一安心。




「…いい匂い、」




「ちょ、まだ食べちゃダメだよ研磨。」




わたしの横からレンジの中身を覗き込んで、取ろうと手を伸ばす研磨を諌める。少しムッとした表情を浮かべながらも、しぶしぶ言うことを聞いてくれる研磨は可愛いと思う。見た目も性格も気まぐれな猫みたいなのに、こうして犬のように従順なところ、嫌いじゃない。




「切り分けるから、待ってね。」




「早く。」




「わかってるよ。」




あらかじめ用意してあったペティナイフで、取り出したアップルパイを半分にする。それをさらに半分にして、白い皿に乗せる。仕上げにシナモンパウダーを振りかけて、生クリームとミントの葉を添えて、完成。研磨の前に差し出すと、目がきらきらと輝いた、ような気がした。




「お待たせ、研磨。どうぞ召し上がれ。」




「…いただきます。」




きちんと手を合わせてから、フォークでアップルパイを少しだけ取る。それに生クリームをつけて口に運ぶ。さくり、と軽い音がして、もふもふと咀嚼。ごくり、飲み込む。そんな一連の動作がすごくゆっくりに見えたのは、わたしが緊張しているからなのか。




「…どう?研磨。」




「…おいしい、」




葉っぱのような形の目をふわりと細めて、研磨は笑う。よかった、喜んでくれたみたい。




「そっか…よかった…。まずかったらどうしようかと思った。」




「…なまえのお菓子は、いつもおいしいよ。」




サク、と二口目のアップルパイを口にしながら、研磨はそう囁くように言った。たぶん、嘘やお世辞が苦手な子だから、本心なんだろう。だからこそ研磨のくれる言葉は、しっかり胸に響いてくる。褒められたら素直に嬉しいと思える。




「ありがとう研磨、嬉しいよ。…でも、今日だけはちゃんとおいしいものを食べさせてあげたかったから。」




「…………………?」




フォークを口に咥えながら、ことりと首を傾げる研磨。ああもう、何その仕草、可愛いなあ。研磨の発する言葉、研磨のする動作、一つ一つにいつもわたしはときめいて、また研磨を好きになっていくの。




「今日、誕生日でしょ?」




「……………あ、」




忘れてた、と言わんばかりの小声。まあ昔からあまり、そういったことに意識を向ける性格ではなかったから予想はしてた。だからうん、別にショックなんかじゃない。今日のアップルパイは特別なのに、なんて思ってないよ。
(嘘、本当は、少しだけ、ね)




「…なまえ、」




「うん?」




「…このアップルパイ、いつもよりおいしい。」




ああ、研磨には伝わってしまったんだ。わたしが少しだけ、残念に思ったこと。研磨なりにきっと、気を使ってくれたんだろう。申し訳ない。
(でも嬉しい、だなんて)




「…ほんとうは、」




「え?」




「なまえが一緒にいるだけで…いい。」




きょろ、と丸い黒目が動いて、わたしをまっすぐに見る。ぎゅうっと胸の奥が締め付けられたみたいに、苦しくて切なくて、甘い。




ああもう、今日はわたしの誕生日じゃなくて、研磨の誕生日なのに。わたしが喜ばせてもらうんじゃなくて、研磨を喜ばせてあげなきゃいけないのに。




「好き、研磨、大好きだよ。」




おれも、と小さく動いた唇が、わたしの唇に重なったと気づいたのは、シナモンの香りが口中に広がってからのことだった。










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