わたしは、周りの人たちが思うほど、雲雀恭弥を愛してはいない。




後輩である沢田くんを含め、みんな思っている。あの雲雀恭弥と一緒にいるには、それこそ己の全てを捧げてもいいというほどに、彼を愛しているのだろうと。




けれども実際、そんなことはないのだ。たしかにわたしは恭弥が好き、世界で一番と言っても過言ではないくらい。だけど自分の全てを捧げるほどに彼を愛しているのかと問われれば、素直にうんと頷けないわたしがいる。




とどのつまり、わたしはそんなに献身的で慎ましやかな、みんなが思うような女ではないということ。




「…それでいいんじゃない?」




「ひ、っく、」




ぼろぼろとバカみたいに両目から流れる涙は、わたしを抱きしめている恭弥の学ランが吸い込んだ。後頭部あたりでふわふわと動く手のひらは心地よくて、払いのける気なんて到底起きない。




「…わ、たしはっ…」




嗚咽なのか声なのかわからないそれが、二人っきりの応接室に虚しく響く。ぎゅっと拳を握った手は、爪が手のひらに食い込んで痛い。




「みんなが思うような、人間じゃないっ…。」




「…そう、」




「弱くて、惨めでずるくて…自分が一番可愛いのっ…。」




みしり、と心が軋む音が聞こえた。一人の人間を愛することで、こんなにも心が壊れそうになるなんて、誰が想像できるだろうか。愛してる、愛してる、だけどわたしはそれほどあなたを愛せない。ああ、醜い。




「…僕は、」




細くて長い指が、頬に伝う涙をそっと掬う。目尻を優しく撫でられて、涙腺が更に緩んだ気がした。




「愛してもらうために、君を好きになったわけじゃない。」




「ーーーーーっ、」




「君の全てを奪うために、君を愛してるわけじゃないんだよ。」




切れ長の瞳が、困ったように細められる。穏やかな表情だ。普段あまり見られない、こんな恭弥。




「君自身を犠牲にしてまで、僕を好きでいる必要はない。」




「恭、弥…」




「わかるかい?なまえ。」




わたしを抱きしめていた腕が解かれて、二人の間に距離が生まれる。本当は触れられるほど近いのに、ぽっかり空いたこの空間は何のためのものなのだろう。




「何もいらない、…ただそばにいて。」




低く甘ったるいその声と言葉は、わたしの心の柔らかい部分に染み込んだ。頭の奥にあるもやもやしたものが、取り払われていくかのような感覚。代わりに、恭弥への思いがとめどなく溢れてくる。




「…す、き…」




「うん、」




「恭弥が好き…大好き…。」




「うん、それだけで十分だよ。…なまえ、」




滲んだ視界に映る恭弥が近づいて来て、唇に柔らかいものが触れる。ぽろ、と最後のひとしずくが頬を伝うと、クリアな視界に微笑んだ恭弥が映った。




「僕も、君が好きだよ。」













Title by:休憩

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