「…なにそれ、」
わたしがグリーンに喧嘩売るような物言いをしてから数日、現在わたしはシロガネやまの麓にいる。
グリーンに会うのが気まずくて何日かは家に引きこもっていたけど、ずっとそうしてるわけにもいかず、かといってわざわざ謝りに行くのもなんだか違う気がして、悩みに悩んだ結果、わたしはもう一人の幼なじみに相談することにしたのだ。
ポケギアで電話をかけて、開口一番に話があると言ったわたしに対し、レッドは二つ返事でシロガネやまの頂上から下りてきてくれた。
ポケモンセンターでジョーイさんが淹れてくれたココアを飲みながら、つい先日起こった出来事を包み隠さずレッドに話した。
ら、何故か冒頭のセリフが、わたしに投げつけるようにして言い放たれたのである。
「…おれは、そんなことのためにシロガネやまを下りてきたの?」
「そんなことって、」
失礼だな、って軽くレッドを睨めば、無表情な彼には珍しく、ものすごく呆れた顔をしてた。
「…なまえはにぶすぎる、」
「は、」
数日前グリーンに喧嘩売ったわたしが、今は何故かレッドに喧嘩を売られている。
(いや、わたしは別にグリーンを怒らせたかったわけじゃないんだけどね)
「レッドに鈍いなんて言われたくないんだけど。」
いつもポケモンのことしか頭にないあなたが、わたし以上に人の気持ちに鈍感なことくらい、わたしは知ってるんだから。
「…たしかに、おれも鈍感かもしれないけどさ、」
少なくとも今はきっと、なまえよりおれの方がグリーンの気持ちをわかってるよ、ってレッドは呟く。
普段口数の少ないレッドがこんなにも饒舌に喋るだけでもびっくりなのに、その言葉の内容にもまたびっくり。
「…グリーンの、気持ち?」
「うん、なまえ以外はきっと、みんな知ってる。」
わたしだけが、知らない?グリーンの気持ちを?
「…そ、んなの…だって、グリーンは何も…言ってくれないし…」
「おれだって別に、グリーンから直接聞いたわけじゃない。」
「…じゃあなんで、レッドは…」
「なまえは何年グリーンと一緒にいるんだよ。ずっとグリーンを見てるくせに、なんで気づかないんだよ。」
「…っ、」
悔しい、けど言い返せない。グリーンと何年も一緒にいて、ずっとグリーンを見てたのに、何故わたしだけが気づけないのか。
わからない、そんなの。だって人の気持ちなんて、見えないんだもの。それが好きな人だったらなおさら、自分の気持ちでいっぱいいっぱいで気づけない、わからないの。
「…好きだから、見えないんだよ。」
「…………………」
「グリーンが好きだから、好きでいっぱいで、自分の好き以外見えないの。グリーンがどんな気持ちなのか、見えない。」
恋は盲目、って好きな人だったら何でも素敵に見えるって意味だったと思う。けど本当は、相手を好きになると自分の気持ちばかり膨らんで、相手の気持ちがわからなくなる、って意味なんじゃないだろうか。
現に第三者であるはずのレッドは、わたしの気持ちもグリーンの気持ちも知っているのだ。レッドには見えててわたしには見えない、でもそれはわたしがグリーンに恋してる証拠。
「…ねえなまえ、」
「うん?」
「難しく考えすぎじゃない?もっと素直になりなよ。」
「…素直に、って…」
「グリーンにはっきり言えばいい、お前のことが好きすぎて、どうしていいかわからないって。」
「――――――っ!」
たしかにその通り、なんだけど、それをグリーンに言えってのは、あまりに酷だと思うんですが。
(なんという羞恥プレイ)
「想ってるだけじゃ、気持ちは伝わらないんだよ。」
「レッド…」
「…万が一フラれるようなことがあれば、またおれのとこに来ればいい。」
おれがグリーンのこと怒ってあげるから、ってレッドはくすりと笑った。
「…そう、だよね…」
想ってるだけじゃ伝わらない、たしかにレッドの言うとおりだ。
恥ずかしいとか勇気がないとかそんなの、ただ自分を守るための言い訳にすぎない。
「…頑張って、みようかな…」
「うん、頑張れ。」
冷めきったココアがマグカップの中で揺れて、数時間前とは違うわたしの表情を映し出していた。
弱虫の脱皮