ぴちゃ、と湿った音が浴室に響く。




排水口に向かって流れる水は、赤い。




「…きれいに、ならない。」




大嫌いなはずの水を思いきり頭からかぶって、びしょびしょに濡れる自分はひどく滑稽。




団服は水分を吸って重くなり、髪の毛も顔や体にまとわりついた。




「…汚い、」




全身を手のひらでこすれば、また水が赤く染まる。




いくら水を纏っても、わたしの体から赤が抜けることはなかった。




「汚い…汚い汚い汚い汚い汚い汚い。」




視界までもが水分に覆われて、頬を生ぬるく伝い落ちる。




心臓の音がうるさく鳴っていて、頭が痛くなった。




ゆっくり目を閉じれば、包み込むのは暗闇。




その中に浮かぶ、AKUMAを破壊して返り血を浴びる、自分。




人の屍を踏んで、生きている自分―――――…。




「―――――っあ、」




生々しく喉元に込み上げる嘔吐感を、排水口に吐き出した。




頭はさらにくらくら痛んで、意識が勝手にどこかへ旅立とうとする。




「…っはあ、げほっ…」




胃から食道へ、食道から外界へ逆流するそれは、独特の異臭を放ちながら穴へ飲み込まれた。




「ぅ…かはっ…」




気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い




たくさんの血を浴びて、たくさんの犠牲者を目の前にして、何故わたしは生きているのか。




神の使徒と呼ばれていても、所詮はイノセンスという武器に選ばれただけの、ただの人間。




血を浴びるのが、つらい。




わたしは破壊者なのに、AKUMAを破壊するのが怖い。




「うえっ…ひっ…」




「―――――なまえ!」




突然、ばちゃりと大きな水音がして、濡れた体がぐらりと傾く。




視界を埋め尽くしたのは、黒。




「お前何してんだ、バカか!」




「…ユ、ウ…?」




水をかぶり続けて麻痺した頭が、ゆっくりと神田ユウという存在を認識する。




ああユウだ、なんて思った時には、わたしの体は柔らかいタオルにふわりと包まれていた。




きゅ、と蛇口を捻る音がして、シャワーから出続けていた水が止められた。




「…やだ、ユウ…離して…」




「うるさい、じっとしてろ。」




「血…汚いの、洗わなきゃ…」




「血なんかついてねえだろ。」




「…え…?」




かぶせられたタオルも、足元の水も、もう赤に染まってはいなかった。




少し乱暴に、だけど優しくユウがわたしの全身を拭いてくれる。




「…つらいか、」




「………………?」




「エクソシストでいるのが。」




ユウの言葉は浴室にじっとり響いて、染み込むように脳みそに届いた。




涙腺がひとりでに緩んで、涙がぽろぽろ落ちていく。




「…つ、らい…つらいよユウ…」




「…ああ。」




「いっぱい死ぬの…人もAKUMAも…なのにわたしは…」




わたしだけがこうして生きている、それが悲しい。




醜くて汚くて、いくら洗い流してもきれいになれない。




真っ赤に染まった体が、死は洗い流せるものではないとわたしを責める。




「…それでも、」




生きろ、と彼は言った。




射抜くように鋭い双眼が、汚れきったわたしを透明に映す。




「お前は優しいから、破壊や人の死がつらいことはわかる。」




「―――――ユウ、」




「だが、それでも…俺はお前を失いたくねえ。」




そっと抱きしめられる体、ユウの体温は温かい。




温もりを感じる―――――ああ、わたし生きてるんだ。




「…生きていても、いい?」




たくさんの犠牲を踏みつけて、死を目の当たりにして、それでも尚、わたしは。




「…ああ。」




醜くても、汚くても、血をどれだけ浴びても




「…ユウっ…!」




この人の元に、帰ってくるために




「泣くな、なまえ。」




ああ、こんな愚かなわたしを、神は笑うのだろうか。




―――――バスルームの壁には、真っ赤なシミが大きく広がっていた。











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