涙が出そうになった。わたしの存在はここにあるのに、まるで世界からわたしだけが切り取られたみたい。
「なまえ、」
泣かないでくれ、って戸惑ったようなレイの声は、わたしの心臓に直接届いて、鋭利な刃物みたいにそれを抉る。
「いやだ、」
「なまえ…」
「わたし、は、」
肩に置かれたレイの手が、やけに熱く感じる。でもそれはたぶん、わたしがレイを好きだからとかじゃなくて、わたしの心が冷えきってるから、なんじゃないだろうか。
「…もう、一緒には、いられないんだね。」
「違うんだなまえ、オレは…」
「いい、もうやだ、聞きたくない。」
今朝わたしに会うなり、開口一番に、中国に帰るんだ、って言ったレイ。
知っていたんだ、本当は。故郷から何度も便りが来ていたこと、その中に彼の許嫁からの手紙もあったこと。
彼女に会うために、帰るんでしょ?わかってる、わかってるの、あの子と結婚するんでしょ?
ぐるぐる、ぐるぐる、真っ黒な感情が渦を巻く。
わたしがあなたと過ごしたのは、ほんの数年にしかならないけれど、それでもその数年はわたしにとって、生涯忘れることのない大切な日々で―――――…
そんな着飾った言葉ばかり脳内で並べるけれど、実際の気持ちは嫉妬にまみれた汚いもの。
「…レイ、」
淀んだ感情の中、わたしはまだなおレイを好きらしい。呼ぶ声は変に優しく、彼への愛しさを孕んでいた。
「…なまえ…?」
あなたの目に、今わたしはどう映ってますか?
「好き、好きだよ、レイが好きなの。」
マオちゃんに渡したくなんかない、どこにも行かないで、一人にしないで。
願えば願うほど、心は遠退いていく気がした。
深い深い海に沈んでいくみたいに、いくらもがいても抜け出せない。
溺れてるんだ、レイにも、自分の気持ちにも。
「…ごめんね、」
浮遊するような感覚、実際は浮いてなんかないけど、言葉にするならそれがきっと一番近い。
滲んだ視界の中、真っ青な世界に沈んでいく自分が見えた気がした。
「…しあわせ、でした。」
ねえ、わたしはうまく笑えてますか。
底無しのマリンブルー
(故郷に帰って、君を恋人だと紹介したかったんだ)(さようなら、どうか幸せになって)
(すれ違う、交わらない、こころ)