「芽雨さー、灰咲先輩のどこがいいの?」




お昼休みの終わり頃、芭蕉先輩が珍しくわたしに奢ってくれた紙パックのミルクティーを大事に飲みながら、先日買った服のリメイクをしていると、仲良しのお友達である茉莉ちゃんにそんなことを聞かれた。顔を上げて首を傾げると、彼女は呆れた表情でわたしを見ている。




「剣道部でも、もっと優しくて素敵な人はいるじゃない。どうして敢えて、あのバケモノみたいな人を選んだの?」




「えー…どうしてって聞かれても…」




そもそも芭蕉先輩は、バケモノみたいなんかじゃない。そりゃ試合の時は、ちょっとばかしワイルドになるかもしれないけど。茉莉ちゃんったら失礼だな、もう。




「芭蕉先輩は優しいよ。かっこいいし、素敵な人だもん。わたしには他の人なんか目に入らないの。芭蕉先輩じゃなきゃヤダ。」




「…あんたそれ、だいぶ毒されてるよ。」




「ど、毒されてなんかないよ!本当に本当に、芭蕉先輩が好きなの!」




くりくりしたお目々に、それを覆う色濃い隈、笑うと見えるギザギザの歯、無造作に伸びている髪の毛、手が隠れるほど長い服の袖、なだらかな首すじのライン。一つ一つ鮮明に思い出せるし、その全てが好きで好きで仕方ない。




どこがいいとか、なんで好きなのかとか、もはやそんなレベルの話じゃないんだ。芭蕉先輩が好き、芭蕉先輩だから好き。他の誰かなんて考えられないくらいに。




「ふーん…まあ、あんたがいいならいいけどさ。」




茉莉ちゃんはため息を一つ吐いて、もう言うことはないと言わんばかりに、窓の外に目をやった。




…そうやって、いっつも自分の聞きたいこと聞いたら、自己完結しちゃうんだから。




ーーーーー…




「…なあんてことがありましてね、どう思います?芭蕉先輩。」




「知るかよ、バァカ。」




かり、と飴を噛む音。わたしのお隣を歩いている芭蕉先輩は、それはそれは退屈そうにわたしに言葉を返す。




「だって!わたしの大好きな芭蕉先輩を、バケモノなんて言ったんですよ!普通友達の好きな人を、そんな風に言いますか!?」




「あー、うっせーなもー。」




「…芭蕉先輩はイヤじゃないんですか?そんなこと言われて。」




ぴた、と芭蕉先輩の足が止まる。それにつられるようにして、わたしの歩みも止まってしまった。




「…先輩?」




「おいウサ子、」




「ひぇ、は、はいっ。」




芭蕉先輩の目が、わたしをじいっと見つめる。こんなこと普段はあんまりないから、心臓が変な風にドキドキした。




「…お前は、」




飴を持ってない方の手がわたしに向かって伸びてきて、耳のあたりの髪をさらりと撫でられた。優しい手つき、普段の傍若無人っぷりからは想像もできないそれに、わたしの心臓はまた速度を上げた。




「どーなんだよ、」




「ふ、ぇ?」




「バケモノみたいって、思うのかよ。」




「…え、いえ、そんなことはないですよ。」




さらさらと髪を梳いていた芭蕉先輩の指が、そっと頬まで滑り落ちてくる。上を向かせるように頬を持ち上げられて、ふわり、唇が重なった。




「…せ、んぱい、」




「あ?」




「大好き、です。」




「…うるせーよ、バーカ。」




もう一度キスされる前に見た芭蕉先輩は、ちょっとだけ嬉しそうだった。















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