ぱしん、と小気味いい音が、外にいるわたしにまで聞こえてくる。逸る気持ちを抑えるように、道場への道のりを小走りで進んだ。ぱしん、ぱしん、次第に近づくその音、それに呼応するみたいに胸が高鳴っていく。
手に持った出来たての黒猫ちゃんのぬいぐるみをぎゅうっと抱いて、入り口からそおっと中を覗いてみた。
「ーーーーーあっ、」
たくさんいる剣道着の人たちの中から、わたしが会いたい人は簡単に見つかった。無造作に伸びたボサボサの髪の毛、すらりと細い体つき、目の下にくっきりできた隈。トレードマークとも言える棒付きのグルグル飴は、今は持っていない。…練習中だから当たり前なんだけど。
うるさく鳴っている心臓に、気休め程度に手を当てる。でもそれだけで、何だか少しだけ落ち着いた気がした。大丈夫、大丈夫、自分に言い聞かせて、大きく息を吸い込む。
「ーーーーー芭蕉せんぱぁいっ!」
凄まじいわたしの大声に、道場にいた全員が一斉にこっちを向く。その中にはもちろん、わたしの大好きな先輩も含まれていて、顔がへにゃりとだらしなく緩むのがわかった。
「お疲れ様ですーっ!今日も先輩が一番素敵ですよー!」
他の剣道部の部員さんたちは、ああまたか、とでも言うように、各々練習に戻って行く。そんな中、大好きな芭蕉先輩だけがとことことわたしに近寄ってきてーーーーー
「バーカッ!」
竹刀がまっすぐに、わたしのつむじ目掛けて振り下ろされたのだった。
「いったあああ!痛いですよ先輩!頭悪くなっちゃう!」
「るせーバーカッ。練習の邪魔だから帰れっつの!」
「えええええ、そんなあっ。おとなしくしてますから、そんなこと言わないでくださいよぉっ。」
腕の中の黒猫ちゃんを、綿が寄っちゃいそうなくらい強く抱きしめて、しょんぼりと俯く。チッて舌打ちが頭上から聞こえて頭を上げようとしたら、竹刀の先端がこつんとわたしのおでこに当たる。でも、さっきみたいに痛くはない。
「…先輩?」
「ウゼーから泣くな。」
「な、泣いてないですよ…ただちょっと落ち込んだだけです。」
「そーゆーのがウゼーんだっつの。」
「ええっ、ひどいですよ先輩!」
「ウゼーから隅っこで大人しくしてろよ、アホウサ子。」
きょと、と目を瞬かせる。隅っこで大人しく、ということは、ここにいること自体はオッケーってこと、だよね? そうですよね先輩?
「ーーーーーっ、芭蕉先輩、大好きです!」
「あ"ーもー、うっせーなマジで。」
「練習終わるまで大人しく待ってますから、一緒に帰りましょうね!頑張ってください!」
「あー、わかったから黙って見てろ。」
「はーい!」
先輩、大好きです!