「んー…むー…」
「どうしたの、芽雨。」
「…いや、わたし芭蕉先輩の応援に来たのに、どうして他校の試合見てるのかなあと。」
現在試合をしているのは、白零高校と桜夏高校。我が愛しの芭蕉先輩率いる落陽高校は、二階にて絶賛観戦中。
正直剣道のことはよくわからないし、わたしが今日来たのは芭蕉先輩を応援するためだから、何と言うか、その、とても退屈なのである。
無理言ってついて来たくせに、我ながらなんて言いぐさだろう。でも仕方ないのだ、わたしの世界の中心は芭蕉先輩であって、剣道ではないんだから。芭蕉先輩がやっているから、剣道のことを知ろうとしているだけだもん。
(先輩がやってるのが柔道でも空手でも、わたしは同じようにしただろうから)
「…楓ちゃん、」
「何?」
「わたし、ちょっとばかし冒険してくるよ。」
芭蕉先輩が試合するわけでもないのに、このままぼーっと見てるなんて、あまりにも退屈だ。幸いここは広そうだし、たくさん人がいるから、何かあっても大丈夫なはず。
「怒られても知らないわよ。」
「へーきだよ、ちょっと行ってすぐ帰ってくるし。」
楓ちゃんの制止も聞かず、もたれかかっていた鉄の柵から体を起こして、階段に続くドアへと走り出した。
(思い立ったらすぐ行動!これ大事!)
ーーーーー…
それから数分後
「…迷った。」
おかしい、ちょっとブラブラしてすぐにみんなのところに戻るはずだったのに、ここは一体どこなんだ。そして試合の真っ最中だからかもしれないけど、誰にも会えないってどうゆうことなの。
…どうしよう、早く戻らないと、芭蕉先輩にフラフラしてたのがバレる。そして怒られる。
いや、それで済むならまだいい。もしもわたしを置いて帰ってしまうようなことがあったら、わたしはお家に帰れなくなる。それはいただけない。
「芭蕉せんぱーい…」
試しに呼んでみても、もちろん返事が返ってくることはない。当たり前だ、芭蕉先輩は今頃、熱心に試合を見てるはずなんだから。
(恐らくわたしがいなくなったことなんて、気づいてもいないんだろう)
「せんぱい…芭蕉先輩…」
そんなこと考えてたら、なんだか悲しくなってきた。芭蕉先輩にとって大事なのは、わたしより剣道なんだ。わかってたことだけど、よくよく思えば胸が痛くなる。…いつからわたし、こんなにわがままになったんだろう。
「うぅ…せんぱーい…ぐすっ…」
あ、ヤバい、涙まで出てきた。こんな年になって、迷子になって泣くなんて、バカか自分。数分前のわたしに言ってやりたい、むやみやたらにフラフラするんじゃないって。
「ぐすっ…」
ついに足は止まって、その場に立ちすくんだまま、子どもみたいに泣いた。どうしよう、このまま二度と芭蕉先輩に会えなかったら、なんてくだらない想像が頭をぐるぐる回る。先輩、先輩、会いたいよ先輩。
「ふぇう…ぐずっ…」
「ーーーーーっ、おいウサ子!」
ぐいっと腕を引かれて、体が反転する。驚く間もなく顔が何かにぶつかって、知ってる匂いが鼻をくすぐった。
「…ば、しょう…せんぱい?」
「バカかテメー!勝手にどっか行くなっつったろーが!」
「ーーーーーっ、せんぱいっ…。」
見慣れたボーダーの服に顔を押し当てて、芭蕉先輩を全身で感じる。先輩あったかい、心臓もドキドキしてる、走って探してくれたのかな。
「…置いて、帰らなかったんですね。」
「あ?そんなことマジでするかっつーの。」
「…ごめんなさい、勝手にいなくなって…。」
「…ったく、ホラ、帰んぞウサ子。」
ぐしゃぐしゃとわたしの頭を撫でて、わたしの腕を引きながら歩き出す芭蕉先輩。長い袖に隠れてるその手はあったかくて、また涙が出てくる。
「…芭蕉先輩、」
「あ?」
「…ありがとうございます、探してくれて。」
「…チッ、」
腕を掴んでいたはずの芭蕉先輩の手は、いつの間にかわたしの手のひらを包んでくれていた。
「…だいすき、先輩…。」
それは、甘くて苦い