ぱしゃ、と水が跳ねる冷たい音。どんよりした空模様は、まるで心まで曇らせるように広がっている。降り注ぐ雨は強く宮廷の屋根に打ち付けていて、もうしばらく止みそうにないことをわたしに悟らせる。




うんざりするような天気の中、ちらりと中庭に目を向けると、濡れた地面に蹲っている人影ひとつ。




「…………………?」




ようく目を凝らして見ると、そこにいたのは第四皇子である、練白龍様だった。力強く握られた拳は地面に押し付けられていて、きれいな濃紺の髪に雨水が滴っている。美しい、雨に濡れている姿でさえそう思う。




「……………………」




しかし、どうしたというのだろうか。位が低いとはいえ、一国の皇子であるような方が、あんな風に雨に濡れているのか。わからない、わからない、何があって、どうして、




「ーーーーー白龍様、」




自分が濡れるのも顧みず、雨の中彼のもとへと走る。中庭に面している方には、窓も壁もないので、表へ飛び出すことは容易かった。室内で見るより激しい雨粒は、少しずつわたしを濡らしていく。水を吸った衣服は鉛のように重たく、視界は雨水によってぼんやり歪んだ。




「白龍様っ…」




「ーーーーー、」




近づいてしっかり見てみれば、白龍様は傷だらけだった。腕や体に生々しい傷、顔にも痣や打撲痕。何があってこうなってしまったのか、わたしには検討もつかない。




「…誰、だ。」




彼の直属の部下ではないわたしのことを、彼は知らない。虚ろな目で、疑うようにわたしを見ている。敵意に満ちた目にぞくりと身震いしそうになりながらも、彼をしっかり見つめて言い放つ。




「…練紅玉様の従者にございます、セレネと申します。」




「…セレネ…そうか、義姉上の…。」




ふ、と少しだけ表情を緩めて、白龍様は体を起こした。端正なお顔は雨に濡れていて、口の端に血が滲んでいる。そっとそのお顔に手を伸ばすと、冷たい手でそれを強く掴まれた。




「ーーーーーあ…。」




その手ももちろん傷だらけで、掴まれたわたしの手に血が伝う。空から降り注ぐ雨が、生ぬるい温度を冷やして、鮮やかな真紅を薄紅へと変えた。




「ーーーーーっ、どうして、」




つう、と涙がわたしの頬を伝った。でもそれは簡単に雨水に混じって、冷たく溶けていく。




「…何が、あったんですか…?」




「……………………」




「白龍様…っ。」




痛々しい火傷の痕を、そっと指先でなぞる。くすぐったそうに身動ぎした白龍様は、困ったように笑った。




「…お前がそんな顔をすることは、ないだろう。」




「ーーーーーっ…」




確かに、その通りだ。わたしと彼は、今の今まで顔見知りでさえなかった。それなのにわたしなんかが彼のために泣くなど、烏滸がましいとしか言いようがない。




でも、それでも、溢れる涙を止めるなんてできなくて、唇を噛んで俯く。




「…頼むから、泣くな。」




あやすように、わたしの濡れ髪を撫でる白龍様。優しい手つきに、涙はますます止まらなくなる。




ーーーーー雨はまだ、止まない。不安で泣きじゃくるわたしと、傷だらけの白龍様を、湿った空気だけが包んでいた。













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