ぐい、と前髪を引っ張られて、無理やり顔を紅覇の眼前に持っていかれる。頭からブチブチッと嫌な音が聞こえたから、たぶん何本か髪が抜けてしまっただろうけど、そんなことに構っている余裕なんてない。




「ねえ、」




口元は弧を描いて笑っているのに、瞳に見えるのは狂気。可愛らしい顔立ちなのに、そんなエグい表情したら、台無しなんじゃないだろうか。




「お前は本っ当にバカだねえ。」




「…紅、覇…?」




「僕があれほど、他の奴に笑うなって言ったのにさあ、聞いてなかったの?」




前髪から手を離され、その手がそのままわたしの頬を打つ。ぱん、と大きい音が鳴る程度に叩かれたそこは、じぃんと痺れるような痛みを訴えた。少しだけ視界が揺れる、痛くて悲しい、紅覇が怖い。




「お前は、誰のもの?」




「ーーーーーっ…」




唇を噛み締めて、俯く。紅覇の顔が見られないし、何も言えない。だって、今わたしが何をしたって、紅覇の機嫌を更に損ねることになるのは、わかっていたから。




だけど、押し黙ったままでも、紅覇の機嫌は悪化してしまったらしい。もう一度、今度はさっきより強く頬を打たれて、わたしはよろよろと情けなくその場に倒れ伏す。




「…ねえ、僕の話聞いてる?」




「…っ、ご、めんなさい…。」




「謝れなんて、誰も言ってないんだけど。」




色を無くした冷たい目で、射抜くように見下ろされる。揺れる視界に映る紅覇は怖くて堪らないのに、わたしは何故か胸がときめくのを感じた。別にマゾだからとかそういうわけじゃなく、たぶんわたしが紅覇を好きだから。ぶたれても髪を引っ張られても、そういうことをわたしにしているのは、紛れもなくわたしが好きな練紅覇という人なのだから。




「…紅覇、」




震える両手で、そっと紅覇の手を包む。少しだけ顔を顰めたけれど、振り払うことなく、わたしの言葉を待つようにわたしを見つめる。




「わたしはっ…紅覇が、一番だからっ…。」




「…ふうん?それで?」




「もう…紅覇のためにしか、笑わないから…。」




唇が震えて、うまく喋れない。思ってることを言葉で伝えるのって、こんなにも難しいことだったのか。喉から嗚咽が漏れ出して、段々わたしの言葉は泣き声に変わっていく。




「紅覇、ごめ、なさ、紅覇っ…。」




なんて弱いのだろう、わたしは。紅覇に捨てられるかもしれないと思うと、こんなにも情けなくなる。泣いて許しを請うことしかできない、でも仕方ないのだ。わたしには彼しかいないのだから、彼しか寄る辺がないのだから。




紅覇に必要とされなくなることは、つまりわたしの価値がなくなること。わたしには紅覇しか、紅覇がいないと、わたしは。




「…めんどくさいなぁ。」




呆れたように、ため息混じりでそう言った紅覇は、空いてる方の手で再びわたしの髪を引っ張った。




強制的に立ち上がらされて、顔が近づいてくる。あ、と思った時には、乱暴に唇を奪われていた。彼の歯がかつ、とわたしの唇に当たって、血の味が口内に広がっていく。それでも構わず、紅覇は舌を入れて、犯すみたいにわたしの中を荒らした。




「ん、ぅ…っ、」




鼻から抜けるようなくぐもった声しか出せず、何も伝えることができなくて歯がゆい。でもたとえ何か言えたところで、わたしは何を彼に伝えたいのだろう。




「ふ、はっ…はあっ…」




暫くすると唇が離れて、開いた口から酸素がどっとなだれ込む。酸欠を訴える肺にほとんど無理やり空気を送り込んで、呼吸できなかった分を補うように、思いきり吸っては吐いた。




「謝るくらいなら、最初からするなよ。」




「ーーーーーっ…」




「僕以外の奴にあんなこと言ったら、許さないからね?」




あんなこと、とはどのことだろう。もしかすると、わたしがさっき言った、紅覇が一番、というやつだろうか。




それならば大丈夫だ、だってわたしがこんなにも大切に思うのは、後にも先にも紅覇だけだと言い切れる。わたしの世界には、紅覇以外に大切な存在なんていないのだから。




「…紅覇、だいすき。」




譫言のようにわたしがそう呟くと、紅覇は満足気ににっこり微笑んで、血の滲む唇をぺろりと舐めた。













2012.1201~1231 拍手御礼文

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