※微エロ
とん、と肩を押されて、柔らかな寝台に身を沈める。普段あまり使われていないのに、シーツからはお日様のいい匂い。きっといつ彼が使ってもいいように、使用人さんたちが毎日ちゃんと取り替えているのだろう。流石八人将、と言ったところだろうか。
顔の両脇に手をついて、覆いかぶさるようにわたしに跨るマスルール。熱を宿した赤い目に見つめられて、心臓がどきりと跳ねた。
「…フロラ、」
掠れた声で囁かれた呼び声は甘い、脳髄に直接響いてきて、頭がくらくらする。お酒を一気に煽ったみたいに体がかっと熱くなって、酔わされたみたいに世界がふわふわ揺れている。あるいは本当に、この雰囲気に酔ってしまったのか、それはわからないけれど。
「マスルール…んっ、」
首筋に寄せられた唇は、いつもわたしに触れているものと同じなのに、いつも以上に熱を持っている気がした。ぴったりとくっついているマスルールの体は熱い、だけどきっと、わたしの体も同じように熱い、んだと思う。
「っ、あ…」
元々身につけている衣服の布地が少ないためか、マスルールが少し手を動かしただけで、わたしは簡単に裸にされてしまった。別に寒くはないのに、外気に晒された肌は、無意識のうちにぞくりと粟立つ。
何かに耐えるように、思わずぎゅっと目を瞑った。処女なんかじゃないし、マスルールと何度となく体を重ねてはいるのに、今さら何がそんなに怖いのか。頭ではそう考えていても、やっぱり固く瞑った目を開ける勇気はなかった。
「…フロラ、」
「や、ぁっ…」
抗う気さえ起きないほど強い力で、両足を開かされる。見たくない、考えたくない、今自分がどんな格好かなんて、マスルールがどこを見ているのかなんて。そんなことしたら、羞恥心で死んでしまう、きっと。
頭の奥に恥ずかしさが降り積もって、顔に熱となって現れてくる。熱い、体も顔も、マスルールも。全部ぜんぶ熱くて、溶けちゃいそう。
開かされた足の間に、マスルールの体が滑り込んできたのを気配で感じた。かちりと固まるわたし、ここまできたらもうされるがままだ。いつもそうだもん、合意の上だし、別に抵抗する気なんかないんだけど。
「…ぅ、あっ…。」
熱くてぬるぬるしたものが、胸元を滑るように動いた。たぶん舌、だと思うんだけど、見えないからよくわからない。
そのぬめりに胸の先端を捕らえられ、転がすみたいに弄ばれる。ちゅ、って甘い音とともに時々吸われて、体の奥がじんじん痺れた。
「あ…ぅっ、ん…」
無意識のうちに口は開いて、喘ぎを漏らす。自分が出している声だとは思えないほどいやらしくて、耳を塞いでしまいたい。しかもそれをマスルールに聞かれてるって思うと、なおさら恥ずかしくなる。考えなければいいのに、わたしのばか。
「やあっ…ぁ、」
わたしの口からは言えないような場所にマスルールの指が触れて、体がびくんと跳ねる。急に触れられて驚いたからか、それとも気持ちよくて反射的にそうなったのか、どっちだろう。まあどっちだとしても、あまり変わりはないけど。
「んぅ…んっ、」
くちゃ、と湿った音が生々しく響く。ぐ、と力が加わったかと思うと、途端に下半身に圧迫感を覚えた。指が入ってきた、んだろうきっと。
(どこに、とは言えない)
自分の体内で、自分じゃない何かが蠢いている。違和感と不安がぐちゃぐちゃに混ざって、心臓がどうしようもなくうるさいのに、それをかき消してしまうくらいに気持ちいい。全身に快楽の信号が送られて、頭の芯から侵されていくみたいだ。
「っぅ、マス、ルール…」
生理的な涙が目尻に滲んで、すうっと落ちていく。思わずマスルールを呼ぶと、途端に彼の動きがぴたりと止まった。中を散々かき回していた指が、あっさりと引き抜かれる。びっくりして目を開けると、熱の中に少しだけ心配そうな色を灯したマスルールの瞳と、効果音が付きそうなくらい勢いよくぶつかる。
「…あ、の…えっと…?」
「ーーーーー泣くな、」
「ぅ、」
大きな手のひらが、ちょっとだけ乱暴にわたしの頭を撫でる。でもたぶん怒ってるとかじゃなくて、マスルールのこれは慣れてないだけ、なんだきっと。髪の毛がぼさぼさになってしまうのが頭の上から伝わるけど、まあいいか。
「…お前が泣くと、どうしていいかわからない。」
「…ごめん、」
別に悲しいとか怖いとかの感情で泣いてるわけじゃないんだけど、そこはまあ置いておこう。頬を容赦なく伝っていた涙を手で拭って、先刻彼がしてくれたように、またそれより幾分か優しく、そっとマスルールの髪を撫でた。
「…ごめんね、マスルール。」
「……………………」
真一文字に引き結ばれた唇が、ゆっくりわたしの瞼に降りてきて、触れる。頭を撫でている手は相変わらずぎこちないのに、触れた唇はやけに優しかった。
「…つらかったか、」
疑問符がついてない独特の問いかけ方、首を横に振って否定すると、少しだけマスルールの表情が和らぐ。
「つらくないよ、痛くもないし嫌でもなかった。」
「…そうか、」
「ごめんね。」
「…いや、いい。」
頭を撫でてくれていた手が、まだ涙で少し湿っている頬に添えられて、軽く上を向かされる。
「マス、」
名前を呼ぼうとしたわたしの声を遮るように、マスルールの唇がわたしの唇に押し当てられる。キス、なんて言えば聞こえはいいけど、本当に唇同士がくっついただけだった。
(果たしてこれは、キスと呼んでいいのかしら)
「…今日は寝る、」
「…え?」
「…おやすみ、フロラ。」
わたしに反論する隙を与えないように、マスルールは言いたいことだけ言って、わたしの体をその逞しい胸に強く抱いた。厚い胸板に顔が押し付けられて、何も言えないどころか、息が苦しい。
…いや、というか…わたしはいいけど、マスルールは大丈夫なんだろうか。その、まあ、いろいろと。
(シャルが見たら、絶対に"生殺しだーっ!"とか言いそう)
だけど、なんだか心がふんわり暖かくなった。だって自分の欲より、わたしの気持ちを優先してくれた、ってことだよね?わたしが泣いたから、気を使ってくれたんだよね?
(別に、シたくなかったわけではないんだけど)
「…おやすみ、マスルール。」
大好きな彼の匂いに包まれて、わたしもそっと目を閉じた。…とりあえず、生理的な涙だったとはいえ、これからはあまり泣かないようにしなくちゃ。そして次もしこんなことがあったら、マスルールに教えてくあげよう、あの涙に深い意味はないんだって。
中途半端な行為の熱をお互いの体に閉じ込めるみたいに、きつく抱き合って、わたしたち二人は眠るのだった。
無抵抗な微熱
Title by:エバーラスティングブルー