簡単なこと、だと思う。本当は特別なんかじゃないし、何も深い意味なんかないんじゃないか。




ただ唇と唇がくっつくだけなのに、手を繋ぐことや抱きしめ合うことと何が違うんだろう。




「ね、不思議だよね。」




「…は?何が?」




ナイフを磨いていたアリババくんの手が止まって、目をまんまるにしながらわたしを見つめてくる。




あからさまに無防備なその表情がなんだか面白くて、何故か思わずその下唇を引っ張ってしまう。




「むっ、」




唐突なわたしの行動に驚いたのか、変な声を上げるアリババくん。だけど当のわたしは、摘まんだ唇を柔らかさに意識を奪われていた。




「…柔らか、」




「おいリセ、ひっふぁんじゃねーよ。」




「…何言ってるのかわかんないよ、アリババくん。」




手を離してから、今まで引っ張っていたそれをじっと眺めてみる。恐らく形のいい、柔らかかったそれは、薄いわたしのと違ってふっくらとした独特の厚みがある。




「…急にどうしたんだよ、リセ。」




「んー…なんて言ったらいいかわかんないんだけどね、」




少しだけ首を傾げてから、アリババくんの唇にそっと人差し指を当てる。
(黙りなさい、のサインではない、決して)




「キスって、唇と唇がくっつくじゃない?」




「…そう、だな。」




「たったそれだけのことなのに、どうしていかにも恋人っぽいんだろうなあと思って。」




「…ん?」




よくわかっていないらしく、アリババくんは頭に疑問符をたくさん浮かべながらわたしを見つめた。




「…だからあ、」




空いた方の手でアリババくんの肩を掴んで、ぐっと距離を縮めてみる。それこそあと少しでキスしそうな、息がかかりそうなほど近い距離。




「おわっ、リセお前っ、」




「今ここでわたしとアリババくんがキスしたとして、それは特別なこと?」




「あ、当たり前だろ!お前そんな、キ、キスなんて、軽々しくするもんじゃねーよ!」




どうしてそこで吃るんだアリババくんよ、だからいつまでもヘタレって言われるんだ。
(無論、言ってるのはわたしなんだけど)




「わからないんだよねえ、何がそんなにすごいことなのか。だって体の一部が触れ合うのだったら、手を繋ぐのだって同じじゃない?」




唇に当てていた指を離して、だらしなく下がっていたアリババくんの手をそっと握ってみる。




反射動作なのかなんなのか、ぴくりと震えた後に指と指を絡める繋ぎ方に自然と変わる。




「ねえ、…何が違うのかな?アリババくん。」




「何って…そんなの俺にもわからねーけど…」




「…キスしてみたら、わかるのかな?」




「はっ?いやお前それは……………っ、」




元々近かった距離をわたしから更に縮めて、そっと唇を触れ合わせる。




アリババくんの温度が、感触が、わたし自身の唇から心臓に直接伝わって、きゅうっと締め付けられるように胸が甘く痛んだ。




「―――――っ、」




少しだけ唇を離して、アリババくんの目を見つめる。だけど彼の視線はあっちこっち忙しなく動いて、わたしの方を見てはくれない。




「…アリババくん、」




「お、前っ…マジでやりやがった…!」




「…だって、知りたかったの。どんな気持ちになるのか、何がそんなに特別だったのか。」




「俺の、ファーストキス…!」




「…女々しいよ、アリババくん。」




ため息を一つ吐いて、頭をアリババくんの肩に預ける。二人の手は、未だに繋がったままだ。




「…わたしとじゃ、いやだった?」




「へ?」




「ファーストキス。」




「…いや、じゃねーけど…リセの方こそ、」




「…わたしは、」




もう一度顔を上げて、アリババくんの目を見つめる。今度はアリババくんも視線を逸らすことなく、わたしを見ている。




「胸がいっぱいになったよ、アリババくんとキスしたら。…たぶん、好きな人だから、こんなに満たされてるんじゃないかな。」




たかが唇と唇が重なるだけのことだって思ってた。だけどアリババくんとするキスは、何よりも幸せで嬉しくて、特別だった。




手を繋ぐのとも抱きしめ合うのとも全然違って、好きって気持ちがいっぱい溢れてくる気がしたの。




「…ねえアリババくん、」




口を開かせるように親指を唇の隙間に入れて、そっと歯列をなぞる。




「もう一回、キスしていい?」




うっすら開いたアリババくんの唇がすごく色っぽくて、また胸がいっぱいになる。




「…っ、」




顔を真っ赤にして頷いた彼に愛しさが溢れて、もう一度そっと唇を重ねた。













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