あなたの声で呼ばれるわたしの名前が好きだった、あなたがわたしの頭を優しく撫でてくれるのが好きだった。
だからわたしもあなたを呼ぶの、あなたの中にわたしが刻まれるように。
「白龍、」
空気に溶けるみたいに、わたしの声は一瞬で消える。おかしいな、彼の声はこんなにあっさり消えなかった。いつまでもわたしの中で響いていたのに。
「白龍、」
呼んだ先には誰もいない、だけどわたしはあなたを呼ぶの。いつかあなたに届く気がするから。
「白龍、」
なんでわたしの声で紡がれる彼の名前は、こんなにも曖昧な響きなんだろう。頭の中で反芻している時には、もっとはっきりしたものだったはず。
「白、龍…」
消えてしまいそう、わたしの声。ねえどうして、なんでこんなに、怖いよ、やだよ。
「…会いたい、よ…。」
―――――本当は、わかってた。
彼が煌帝国の遣いとしてシンドリアに旅立った日から、わたしの中の彼がどんどん薄れていく。
忘れないように、消えてしまわないように白龍を呼んでも、黒い靄がかかったように、彼が掻き消されていく。
だからわたしが紡ぐ彼の名前はこんなにも頼りない、わたしの中から日ごと白龍という存在が消えていくから。
お願い、わたしから彼を奪わないで。わたしの中から白龍を連れていかないで。
―――――願えば願うほどに、彼という存在がなくなっていく気がした。
「白龍…白龍っ…!」
あなたの声で呼ばれるわたしの名前が好きだった、あなたがわたしの頭を優しく撫でてくれるのが好きだった。
こんなに鮮やかに白龍という存在が、わたしの中には残っている。
それなのに、もうどうしても思い出せないの。
…あなたの、笑顔が。
「…ごめんなさいっ…」
今はまだ、あなたの声もぬくもりも優しさも覚えてる。照れた顔も困った顔も、怒った顔だって思い出せる。
それなのにどうしても、あなたの笑顔だけがいない。まるでそこだけ切り取られたみたいに、あなたの笑った顔が思い出せないの。
ベイカーベイカー・パラドクス
(いつかわたしの中のあなたが消えたら、わたしはその時どうなるでしょうか)
2012.0927~1031 拍手御礼文