風に靡いた長い髪からは、不思議な甘い香りがする。
身に纏っている衣服も、所持している物も、彼女の中の常識も、何もかもが俺にとっては不思議でたまらない。
「だってわたし、この世界の人間じゃないもの。」
あっけらかんとしてそう言い放つところも、俺からしたら不思議でたまらないんだ。
(なんで、どうして、だって、)
「…異世界、なんて…そう簡単に信じられるわけねーだろ…。」
「アリババくん、」
俺を映す透き通ったまっすぐな瞳、水面のように儚げに揺れているのに、内に秘める意志はすごく強い。
「自分の知ってるものだけが、世の中の全てじゃないんだよ。」
「…そ、れは…」
「わたしはアリババくんみたいに王族の血なんか引いてない、モルちゃんみたいに奴隷だったわけじゃない、アラジンみたいに自分が誰か知らなかったわけじゃない。」
それでも、って一区切りしてから、子供みたいに笑ったリセ。
「わたしは今ここにいて、いろんな人に出会って、いろんなことを感じて生きている。」
重ねられた手から伝わる温度は、生きている人間のそれ。柔らかいのに温かくて、心臓が痛いくらいに騒ぎだす。
「ねえアリババくん、」
さらりと揺れた長い髪、俺の胸に飛び込むみたいに頬を寄せて、ふっとはにかむ。
「わたし、アリババくんが好きよ。」
「―――――っ、」
「アリババくんが生きてきたこの世界とはかけ離れたところにわたしはいるけど、それでもアリババくんが好き。」
そういえば前にアラジンが言っていた気がする、リセおねえさんのルフは信じられないくらいまっすぐだね、って。
やっとお前の言ってた意味がわかったよアラジン、
「リセ、」
たとえ違う世界の人間だとしても、俺は今こうしてこいつに触れられる。
「…俺も、好きだ。」
異世界なんて簡単に信じられないし、こいつのことが不思議なのも変わらない。
だけど、その不思議なとこが好きだ、なんて思うあたり、俺の世界の常識はこいつといると何一つ通用しないんだな、なんて思った。
崩壊する世界論