「…フロラさんは、」
ふわ、とわたしに近づいてきたモルジアナちゃん、わたしより少し低い位置にある頭を首筋に寄せる。
「とても、いい匂いがします。」
いつもの無表情が少しだけ柔らかくなって、モルジアナちゃんはわたしのまわりをくるくる回る。
「…お花みたいに優しくて、春風のようにあたたかい…心安らぐ匂いです。」
「…なんだか恥ずかしいな、そんな風に言われるの。」
でも事実です、って真っ直ぐな視線を向けられる。わたしを見つめる整った顔立ち、特徴的な目元。
その顔があの人と重なって、頬が熱くなった。
(同じ民族だから、やっぱり似ているのよね)
「…おい、」
背後から聞こえたのは、いつもと同じトーン。耳に馴れたそれは、わたしの脳にあっさりと誰かを知らせた。
「…マスルール、」
見上げるほどに頭の位置が高い彼は、やっぱりモルジアナちゃんとよく似ている。
「…モルジアナ、向こうでアリババとアラジンが探していた。」
「え、」
ぱちりと瞬いたモルジアナちゃんは、伺うようにわたしの顔を見る。
行っておいでと言ってあげれば、失礼しますってお辞儀して、ぱたぱたと駆けていってしまった。
「…可愛いなあ。」
「…?」
「モルジアナちゃん、…マスルールによく似ていて、すごく可愛い。」
「…俺は可愛いのか、」
「マスルールが可愛いんじゃないわ、ただ…」
そこから先の言葉を紡ごうとして、自分が言わんとすることの恥ずかしさに気づく。そしてまた顔が熱くなった。
「…フロラ?」
「あの、えっと、」
なんだかマスルールの顔が見れない。おかしい、わたしは何も後ろめたいことなんか考えてないのに。
「…つまりね、その、」
「…………………」
「マスルールの、子供…いたらあんなカンジなのかな、って…」
「…はあ。」
気の抜けたようなマスルールの返事、きっと彼はその言葉にそれほど重みを感じていないのだろう。
「は、はは、何言ってんだろわたし…!わ、忘れて!今のはきれいさっぱり……………っ、きゃ!」
空笑いしながら誤魔化すように捲し立てると、急に大きなものがわたしに覆い被さる。
言わずもがな、それはマスルールの体で、逞しい彼の腕にわたしはすっぽり包まれてしまった。
「…………………」
「あ、の…マスルー、ル?」
「…やっぱり、フロラは、」
いい匂いがする、と、モルジアナちゃんがしたように、首筋に顔を寄せてくる。
ただ違うのは、匂いを嗅ぐだけにとどまらず、唇が肌に触れてくること。
「ひぁ、ちょっ…」
「…俺はまだ、子供はいらない。」
「え…」
マスルールの言葉に、心ががらがらと崩れる音がした。子供、好きじゃないのかな。それともわたしとの子なんか、欲しくない、のかな。
「…フロラ、」
「な、に…?」
「お前の匂いは、今はまだ、俺だけのものでいい。」
ぱちり、瞬きと同時にそんな音が響いた気がした。
だって、この人の口からそんな甘い口説き文句が出るなんて、誰が想像しただろうか。
「…あんまり、他のやつに嗅がせるな。」
そう言われましても、匂いなんて普通にしててもあるものだし。ああでも、マスルールやモルジアナちゃんが敏感なだけで、普通はあまりわからないのかもしれないけど。
「…ねえマスルール、」
「…なんだ、」
「匂いだけ、でいいの?」
ああこんなズルい質問をするなんて、まるでマスルールを試してるみたい。何やってるのわたし、何がしたいの、もうよくわからなくなってきた。
だけどそんなわたしの気持ちなんか露知らず、マスルールはふっと表情を少しだけ緩めて、
「…心も体も、全て俺だけのものでいてくれ。」
優しく囁いて、また更に強く抱きしめられる。
体はこんなに大きいのに、彼の言葉はひどく子供染みてて、それがまた愛しくて嬉しい。
あたたかな陽の光に照らされた赤い髪を、そっと撫でて目を閉じる。
…きっと数秒後には、大好きな彼から口づけがもらえるだろうと、思いながら。
ガーネットの戯れ言
Title by:休憩