雨の中にただ佇んで、しっとり濡れて緑の映えるピッチを眺める。雨のせいで練習は今朝になって急遽中止となり、突然降ってわいたオフとなった。
オフといえども次の試合のために相手を研究して、作戦をたてて、修正を重ねて…やることは一緒だな。

時間はいくらあっても足りないと日頃から思ってるけど、今日だけは何故かこうしてここから動けず、ただぼんやりと眺めてる。本当にぼんやりと、だ。頭の中でフットボールのことを考えてない。代わりに考えてることといえば…見事に何もない。
たまにはいいか、と開き直ったのはちょっと前だ。たぶん、今日みたいな日に考え事をしても何一つ考えがまとまらずに終わるに違いない。だったらぼけーっとしとく方が有意義だろ。

雨が音を消してしまうのか、驚くほどに静かだ。ただざぁざぁと降る雨音だけが耳に届く。
本当はこういう天気は体によくないんだ。膝を壊してから、ずっと。でも今日はどうしてかあまり痛みがない。ひんやりとした空気は体を冷やすほどではなくて、むしろ気持ちがいいと思えるくらいで、深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。

「…監督?」
「!」

突然聞こえた声に弾かれたように振りむいた。目の前には、大きな黒い眼を丸くしてこっちを見ている椿の姿。自分がどれだけ呆けていたのか知らないが、ここまで人が近付いてきてて全く気付かないでいたとは、相当だな…。

「どうした、椿。今日は練習ないって連絡いっただろ?」
「あ、ウス、もらいました、けど…」
「…まさかこんな天気でもボール蹴りに来たんじゃないだろうな」
「ちっ、違います!さすがにそれはないです!…けど」
「?」

もごもごと口ごもる椿に小首を傾げて話を促すと、ゆらゆらと不安げに揺れる瞳とかち合う。

「なんとなく、ピッチが見たくなって」
「…」
「自分でもよくわかんないんですけど…」

怒られるとでも思ってるのか、椿の視線がまたうろうろと彷徨い始め、俺から遠く離れたところに着地した。俺、そんなに怖がられるようなこと、したか…?

「別にここに来たこと自体は怒りはしないけどさー。なんで肩が濡れてんの?返答次第では怒る」
「ええっ!」
「ほら、答えて。それから怒るかどうか決めるから」
「う、あの、えーと、あの…」

傘が壊れました、としどろもどろになった椿の一言に俺が取った行動は、ため息をつくことだった。
たしかにちょっと風は強いけどな?でもこれ、傘が壊れるほどか?でも椿のことだから嘘じゃないんだろうなぁ。まったく…。

「来て」
「えっ」
「怒んないから。でも肩をそのままにはできないし。部屋にタオルあるから来いよ」
「え、あの、俺、帰りますよ」
「傘壊れてんだろ?こんな雨の中帰らせれるわけないだろうが」
「う」

ほら、と椿の腕を取ってクラブハウスへ入れば、おとなしくついて来る。可愛いにも程があるよなぁ、こうも素直だと。まぁこれがこいつのいいとこだ。夜遅くまで自主練することについてはおとなしく従わないけど。ま、その辺りも椿らしさってもんか。こいつはそのままでいてくれたらいいのかもしれない。

「監督…」
「んー?」
「監督は、さっき何してたんすか?」
「…ピッチ見てた」
「え」
「お前と一緒だよ、なんでかピッチが見たくなったの。だからあそこでぼけーっとしてた」

本当はあそこに突っ立ってた理由なんて何もない。でも椿がピッチが見たくて、と言ったのを聞いたとき、俺も見たくてここにいるんだ、て思ったんだ。

二度と自分の脚では戻れない場所。でも忘れ去ることはできなかった場所。立場を変えて、立ち位置を変えて眺める場所。―――俺がここから離れる日はきっと、…。

「ほら、とりあえず拭け」
「あ、あざっす」

部屋に着いて、でも椿は中に入ろうとはせず(これだけ散らかってたら当たり前か。驚いたように目を丸くしてたくらいだし)、取りだしたタオルを受け取って濡れた腕を拭いていく。それを視界に入れながら窓の外の様子を見れば、雨が飽きもせず次から次へと落ちていく。

改めて外へ向かう気持ちもなくなった。考え事をしようとも思わないけど、フットボールのDVDを見ようかと思い始める。ひとりじゃなくて、どうせなら椿とふたりで。試合を見ながら、あーだこーだと言い合ってみるのもいいかもしれない。こいつは慣れるまでに時間がかかるかもしれないけど、フットボール関連なら早く馴染むだろ。この際だから日頃何を考えながら試合をしてるのか知るのもいい機会かもしれない。俺が椿の説明を汲み取ることができれば、だけど。

はは、結局フットボールから離れることはできないみたいだ。

「椿、試合のDVD見ようか」
「次の相手ですか?」
「それもあるけど。どうせならいろいろ見てみようぜ。お前の意見聞きたい」
「えぇっ!?」
「んだよ、その反応。プロなんだから考えなしに動いてばっかじゃないだろー?」
「う、ぅ、は、はぃ…」

だからその反応は何なんだよ。なんでそんなに顔が赤くなってんの。うっかり可愛いとか思っちゃったじゃん。くそー、今ここでキスしたいとか思わせてくれて。雨のせいかねぇ?思考回路がおかしいぞ。水浸しになったか?

どこか自分を持て余し気味になりながら椿を促して部屋へ入り、いくつかDVDをひっくり返して目当てのものを見つける。手始めに次の対戦相手から。その次は…まぁ、そのときになって考えようか。

「あ、雨止みそうですね」
「お、ほんとだ」
「よかったですね」
「ん?」
「七夕ですよ。今年の織姫と彦星は会うことができます」
「あぁ…」

そういやそうか。七夕ねぇ…ぜんっぜん、気付いてなかった。

「晴れたら会えるんだっけ」
「そうですよ」
「ふーん、じゃあ俺らとは逆なんだ」
「?」
「だって、雨だからふたりでこうしてたわけだろ」
「…っ」

だーかーらー、なんでそこで真っ赤になんの?
それ、誘ってる?…なーんて、言いそうになるじゃん。―――言ってみても、いいけどね。





rainy rainy tryst





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