「かんとく、かおがあかいっす」
「お前もな」
「…えへ?」
この酔っ払いが。頭がふらふらしてるぞ。
手許に視線を下げれば、確かにいつもより酒の進みが早いようで。普段よりずっと締まりのない顔でへらへらと笑う相手の手から、缶を取り上げた。
「おい、椿」
「にゃー」
「…猫か」
「ねこは、じゅうにしに、いないっす」
「あー、騙されて入れなかったんだっけ」
「そうっす。ねずみにだまされて、ねこは、だからねずみがきらいで…」
「…どうした?」
「ねこさんかわいそう…」
俺は、お前の方が可哀想な気がするんだけど。
酒には弱いが、おつむはここまで弱くなかったはずなんだけどなぁ。
「猫はいいから、お前もう寝ろ」
「んん〜」
「いやいやすんなっつの。赤ん坊か」
「はたちの、おとなっすよ!おさけものめます!」
「馬鹿、お前のは飲んでるんじゃなくて飲まれてるって言うんだよ」
いいから寝ろ、とイス代わりに使ってるベッドに押し込む。まだむにゃむにゃ言いながらふわふわと伸ばしてきた手で、俺の服を掴んだ。
「かんとく、は…?」
「俺はもうちょい後で」
「なんで」
いつもよりずっと素直に不満を映す黒い瞳が、真っ直ぐにこちらを射る。体も思考も言葉もぐにゃんぐにゃんのくせに、これだけひどくストレートだ。
「大人は、ガキの後始末をするもんなんだよ」
「がきって、おれ?」
「そう」
「………」
むっ、と眉間が寄る。不満を通り越して憤りになったようだ。少し充血してきた目に力がこもる。
日頃は草食系のくせに、たまに肉食獣みたいな顔をしてくるからたまんない。
「椿は、羊な」
「おれ、にんげんっすよ」
「そうだけど、羊の役ってとこ」
「やく?」
「狼みたいな顔したお前も好きだけどー、いまは従順な羊みたいなお前が好きー」
「すき…?」
「そー」
「ん…じゃあ、それでいいっす」
もそもそと布団をたくし上げて顔を隠す。それはいいけど、酒のせいだけじゃなく赤くなった耳が丸見えだ。
それはまるで、目の前にぶら下げられた餌のよう。
それがこの上なく美味いことを、俺はよく知っている。
「いまは俺が、狼な」
取り上げた缶の中身を飲み干す。これで全部平らげた。あとは明日の朝、まとめてゴミ袋に突っ込んで終わり。だから、今日はもう、やることはひとつだけ。
「やっぱ狼は羊がいるなら襲わなきゃダメだろ」
美味そうな羊が狼に捕まるのを待ってるのなら、期待には応えてやらないとな?
例えばこれが狡い大人のこじつけだとしても、まぁ、目一杯可愛がってやるから、あれだ。
許せよな、椿。
羊をめぐる戯れ