「監督、俺、そろそろ戻りますね」
「え、帰んの?」
「え?」
「え?」
「…えっと、」
「今日泊り。決定」
「え、」
「いや?」
「や、じゃ、ないです…けど、」
「じゃあそういうことで」
「…ハイ」

一度は立ち上がった椿がまた隣に座る。

もぞもぞと居心地悪そうで落ち着かない様子にこっそりと笑う。椿にばれるようなヘマはしない。別に気付かれても構わないけど。でもこうしてひっそりと見て楽しんでいるということはあまり気付かれたくないのも事実だ。

「もう一個見てほしいもんがあるんだよなぁ。いい?」
「え、あ、はい」

いいも何も、俺が引き留めたんだから椿に拒否権なんか無いに等しいのに律儀に返事を寄越すとこがまたあれだ…たまらなかったりするわけだ。

「えーと、どこに置いたっけ…あー…」
「ど、どんなのです?」
「付箋付けたDVD。あれ無くしたら有里に殺されるなー」
「え、えええ、そんな物騒なことをあっさりと…っ、あ、これ…?」
「ん?おー、それそれ!サンキュー」
「いえ…」
「なかなかおもしろいんだぜ、これ」

重なったメモの下から椿が目的のものを発掘してくれたから、それを機械に飲み込ませる。少しして再生されだしたゲームの展開に案の定、椿はすぐに夢中になった。プロのフットボーラーとしてではなくて、ただのフットボール好きとして見てるその横顔にまた笑う。まるで子供だ。

「うわ…っ、いまの!」
「すげーだろ。フットボールってのはチームで戦うもんだけど、こういう個人プレーひとつでがらっと試合を変える選手もいるっていう、いい証明」
「信じられない動きをしますね…どこまで見えてるんだろ…」
「さぁて、どうだろな」

死角にいたはずのDFを、瞬時に体を捻ってかわして空いたスペースに躍り出る。もちろんキープしたボールはそのままに。まるで用意された舞台のようにゴールに一直線に走り寄るその選手のシュートは、GKがいい動きを見せてわずかに届いた指先で弾いて軌道を変えたせいで枠に当たって外れた。

得点にはならなかったけれど、その瞬間にスタジアムが一気に湧き上がった。本当にこれが人の声が集まったものなのかと疑問に思えるほどの、轟音と言っていいくらいに選手やチームを称える声が上がる一方で怒号も張り上げられる。

隣の椿がぶる、と体を震わせた。

「どうした?」
「…すごい、ですね。…あと、」
「ん?」
「こわい、です」

いつものチキンが顔を覗かせてサポーターたちの声にびびったのかと思いきや、未だに画面に釘付けになっている横顔に怯えはない。食い入るように見つめるその瞳に浮かぶのは間違いなく闘志。

「世界には、こんな人たちがたくさんいるんですね…」
「………」

まだまだ荒削りだし動きが甘いとこが少なくないし、本人も目の前のことにいっぱいいっぱいで世界を相手にどうこうしようなんてきっと考えもしてないだろうけど。
でもこうしていま世界のトップレベルのプレイヤーを前にしてそういう顔ができるんだから、やっぱりこいつは面白い。

「とりあえずいまは一試合ずつ落とさないようにやってくしかねーな!」
「ぶわっ!?」
「はっは、変な声!」
「監督、が、いきなり頭を小突くからで…!」
「お、よしよし、いっちょまえに言い返すようになってきたか。その調子で誰が相手でも負けないようにしろよー」
「そ、そういう問題じゃ…!」

わっ、とまた画面の向こうから歓声が上がった。反射的に振り向いた先ではまたもやとんでもなくおもしろい展開が繰り広げられていた。

「おー、すげ!」
「うわ、わ…!いまの何ですかね!」
「すげー動きすんなぁ」
「あっ、スペースできた!」
「後ろから来るぞ」
「早いっすよ!」

一瞬の隙をついて通ったパスを受けた選手が最低限の動きでシュートの体勢になる。それに反応を見せたあたりDFもGKもさすがだ。でもFWの方が一枚上手だったらしい。白いネットが揺れた。

「ゴール!」
「っは、やるねぇ」

もう俺らどっちもただのフットボールバカでただの観客だ。監督だったら、選手だったらという視点で見てない。見れない。
もう立場とか関係なく、楽しむことしか考えれない。

「すっげー、どうやったらあんなのができるんだろう」
「お前にもできるんじゃね?」
「え、えええ!? いや、そんな」
「できるって、フットボールを楽しめてたら、絶対」
「楽しむ…」

きょとんとした椿の頬がじんわりと赤くなる。目はきらきらしてるし、口元は笑いを堪えるみたいに微妙な歪みを表す。

「なに変な顔してんの」
「へ、変って…!」
「だって変だしー」
「うぅ…っ」

恥ずかしいのとうれしいのと困ってるのと、いろいろごっちゃ混ぜになった顔なんだろうなぁ。わかりやすいのかわかりにくいのかどっちなんだ。

ちらりと視界に映った時計の長針は頂点を少し過ぎたところ。
今日もいつも通りに練習があったわけだし、本当なら早く休ませるのがいいんだろうけど。

「よそ見してる暇はねーぞ、椿。プレーは止まってないんだからよく見とけ」
「うす!」

…まぁ、たまにはこういう日もね。それにいまの俺は監督じゃなくってただのフットボールバカのひとりだしさ。





すこやかに午




thx 箱庭





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