「あ、きれた…」
画面に視線を固定したまま無意識に伸ばした手が掴んだ赤い缶は、全くと言っていいほど手応えがなかった。
無駄と知りつつ振ってみても音もしない。見事に空っぽだ。
「んー…」
別にそう大して喉が渇いてるわけじゃない。けど、飲めないと知ったとたんに飲みたくなるのが人情というものだろうか。最初はほんの小さなものだったのに、だんだんとじりじり焦れてくる。
一応目は画面に向けてるし、試合を追いながら必要な情報は頭に入れてる。その一方でどうしようか買いに行こうかでも立つのもめんどいし行かなくてもいいかな喉は渇いたんだけど〜…と結果の出ない益体もないことを考える。我ながらなかなか器用だ。
試合は後半が始まった直後。席を立つにはなんとも中途半端だ。そうこうしてるうちに次に当たるチームの弱点を見つけて放り投げてたペンを取って紙の上を滑らせる。ここが弱いなら、どういう形にゲームを持っていったらいいのか。そのためにうちの選手たちに何をさせたらいいのか。誰だったらいちばんこの形に向いているのか。ポジションの取り方は。いつ頃に仕掛けるのか。思いつくままに書きあげていく。
こうやってゲームにのめり込んでいくうちに喉の渇きも忘れた。ついでに時間も忘れたらしい。ゲームが終わるのとほぼ同時に響いたノックの音にふと我に返る。返事をする前に腹が鳴った。しまった、昼飯食い損ねてる。
「入っていいよー」
「お邪魔します、ね?」
「椿?」
「いま、いいっすか?」
ひょっこりと開けたドアの陰から顔を覗かせた椿がそれ以上そこから動きそうにないから首を縦に振って了承を示すとほっとしたような表情で入ってきた。
その手にコンビニの袋が握られてる。
「どうした?」
「コンビニに行ってて…えと、それでこれ、あったから、監督に…」
「あ、ドクペ」
「はい、ひとつだけなんですけど…」
「ちょうど飲みたかったんだ、サンキュ」
「よかった」
手渡された缶は少し汗をかいてて、手に心地いい冷たさが伝わる。
椿が何か言いたそうにしたけど、その前に腕を引いて隣に座るように促す。ちょっと驚いたみたいに目を丸くしたけど、すぐにふにゃりと緩ませておとなしく従った。
「ほんといいタイミング」
「え?」
「これ、持ってきてくれたの。ちょうどゲームがひとつ終わったときだったし、飲みたいと思ってたし。エスパーみたいだな、椿」
「エスパー…」
「すごいな、お前」
「そんな、」
ちょっと褒めてみたら顔を赤くした椿が俯いた。耳まで赤い。
ちゃぷん、と椿が両手で持ったペットボトルが音をたてた。
「それなに?」
「え、あ、ミルクティーです」
「あまそー…」
「う、まぁ、甘いです」
でもドクペも甘いと思いますけど…と呟きながら椿がちゃぷちゃぷとペットボトルを振る。
日頃ならそういうのは飲まない。自分で買うとかはもっと有り得ない。でも椿の手にあるそれはなんでか美味そうに見える。
「ちょっとちょうだい?」
「ふぇ?え、あ、これっすか?」
「他に何をくれるつもりなんだよ」
お前がくれるっつーなら何でも貰う気でいるけどね?
「監督、こういうの飲むんすね…」
「滅多に飲まないよ。なんか美味そうに見えたから」
「そ、すか」
「―――ん、ありがと」
「はい」
一口だけ飲んだミルクティーはやっぱり甘かった。でもするりと喉を落ちていく感覚がくすぐったくて嫌いじゃない。
「…腹減ったなぁ」
「あ!」
「あ?」
「これも買ってました」
「は、」
がさがさと白い袋から取り出されたのはタマゴサンド。
…椿、お前さぁ…。
「エスパー決定」
「え?」
「食っていい?」
「あ、はい」
「あとでお前も食うからね」
「―――はい?」
「いただきまーす」
ぱちん、と手を合わせてからビニールをピーッと引っ張ってタマゴサンドを取り出すと、小首を傾げて固まったままの椿の口にそれを突っ込んでやった。
昼下がりのミルクティー
thx 空想アリア