「お、ごとー。まだいたんだ?」
「あぁ、達海か」
「休まないとお前まで倒れちまうぜー?」
「はは、もう帰るよ。達海もちゃんと寝ろよ」
「んー、あれをどうにかしたらね」
「あれ?」

達海が口角を吊り上げて意味ありげにグラウンドの方へ視線を走らせる。つられてそちらを見て、達海の言いたいことを察した。

「まだいるのか?」
「さっきまでボール蹴る音がしてたからな。たぶんまだ止めてないと思う」
「…はぁ、その頑張りはすごいとは思うが…」
「あいつらしいって言えばそうなんだけどなぁ」

のんびりと笑う達海だが、目にどこか厳しい光もある。時間を超えた運動は体に害しか与えないときがある。それは達海も俺も、かつて自分が同じ立場にいたからこそわかる。それでもやっぱり自主練を重ねてしまう、その気持ちも。

「ちょっくら止めさせてくるわ」
「いや、俺が行くよ」
「んあ?」
「帰るついでだからな」
「そ?じゃあ頼んだ」
「あぁ。おやすみ」
「んー、また明日ね」

ぺたりぺたりとサンダルの音をたてて引き返した達海を見送って、自分の荷物を抱え直すと俺も外へ出るために踵を返した。

外に出れば生暖かい空気で、たぶんそう体を冷やすことはないとは思うが、でも負担をかけていることに違いないのだから早々に止めさせるのが俺たちフロントサイドの役目だろう。まだ若い選手で、しかも器用なタイプではないから、たぶん目の前のことだけに集中しすぎてしまってるんだろう。それは確かに美点でもあるけれど。

「椿!」
「っひわっ!?」
「いま何時だと思う?」
「ご、後藤、さ…、あ、え、っと、時計…!、は、持ってきてません…」
「うん、そんなことだろうと思った。でもとりあえずもういい加減練習を切り上げなきゃいけない時刻なのはわかるよな?」
「………ごめんなさい…」

ものすごく怯えた表情で謝られてしまった。そこまで叱ったつもりはないんだが…照明が暗くてこっちの表情が見えにくいからか?

「怒ってないよ。ただ無理をして体を痛めるようなことにはなってほしくないだけだ」
「…っス、すみません」

頷いただけのかもしれないが、そのまま顔を上げないから項垂れてるようにしか見えない。傍から見たら俺が椿を叱ってるようにしか見えないんだろうな、と考えてちょっと可笑しくなった。どうせこんな時間なんだ、見る奴なんていないだろう。

「椿」
「は、い」
「そこでじっとしてる方が体に障るよ。早く上を羽織って片付けよう」
「はい!」

少し笑みを含んだ声色になったおかげか、椿はがばっと顔を上げると元気のいい返事を寄越した。こんな時間まで動いてもまだまだ元気なあたりが椿らしい。子供っぽいせいかちょっとつついてやりたくなる。

「声が大きい。達海もまだ起きてるから怒られるかもしれないぞ?」
「うぇ…!?」
「冗談だ」
「ご、後藤さん…!」

情けない声を上げた椿に肩を震わせて笑いを堪える。たったこれだけのやり取りなのに、今日一日の…いや、ここのところ溜めっぱなしだった疲れが一気に取れた気がする。

うちのチームに来た当初からこの小動物みたいな反応が実は俺にとって結構楽しみだったと言ったらそれこそどんな反応を見せてくれるんだろうか。あまり目立つタイプの選手じゃないけど、どういうわけか前からよく視界に映るんだよなぁ。

「ひ、ひどいっす、そんなウソ…」
「嘘?達海が起きてるのは事実だし、もしかしたら本当に叱りに来るかも」
「後藤さん、さっき冗談って言いました」
「今日はな。でも毎日してたら怒られるのは確かだろうな。前にも釘を刺されたんだろ?」
「う…うす…」
「あいつ、怒ったら怖いだろうなぁ」
「き、きをつけ、ます!」

ボールを持つ手が震えてるように見えるのは錯覚かな?
いくらなんでもそこまで怯えなくても…とまたじわじわと笑いが込み上げそうになって、咳払いで誤魔化す。構い倒したくなるが、いい加減に椿を寮に帰さないと。

「こんな時間までやらなきゃ大丈夫だよ。忘れ物はないな?」
「はい」
「汗の始末もだけど、ちゃんと水分をよく取ってから寝るように。明日も普通に練習があるんだから」
「はい、ちゃんとします」
「椿の『ちゃんと』はちょっと信用できないな…」
「えっ」
「冗談だよ」
「ま、また…っ!」

ガーン、と漫画なら音が出てそうな感じで落ち込む椿の肩を叩いて悪い、と言ったら、後藤さんは俺が嫌いなんですか、と言われた。

「いいや?むしろ好きだな、その正直な反応とか」
「へ?」
「俺だけじゃないと思うぞ。達海も面白がってるし、他の選手たちもな」

他のチームの選手にまでちょっかい出されつつあるのはどうかとも思うが。というか、正直、うちの選手だろうがコーチだろうが達海だろうが、あまりおもしろくは思わないが。

「ん?」
「え、どうしました?」
「あ、いや、なんでもない。そうだ、寮まで車で送ろうか?」
「いえ!大丈夫っす、走ったらすぐ着きますから」
「まだ走る元気があるのか…俺も体力作りしなきゃなぁ」
「へ、いや、そんなことは…」
「ある。走ったらすぐ息が切れるようになったし。若いってのはそれだけすごいことなんだよ。でもだからって無理していいってことにはならないからな」
「う、ウス!」
「ん、いい返事。早く寝ろよ」
「はい!おやすみなさい」
「おやすみ」

思わず少し汗で湿った椿の黒い髪を軽く撫でてやるとびっくりしたように目が丸くされたあと、はにかむように細められた。

あ、この顔は初めて見る。
と思った瞬間に落ちた、のかもしれない。

「後藤さん?」
「…なんでもない。じゃあ、また明日」
「はい」

名残惜しみながら手を離して踵を返す。
触れた熱を逃さないように掌を握った。

―――いま、気付くなんて、どうかしてる…。

ひっそりと吐き出したため息は誰にも聞かれずに溶けて消えたけど、この感情はきっと誰にも気づかれないとしても簡単には消えてなくなってはくれないんだろう。





遅れて咲いた恋の









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